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友達の講演を見て終始、涙を我慢してたお話。

昨日、友達の20周年記念講演にご招待いただき、特等席で見てきました。

とっても偉そうなことを今から言うけど許してください。

だいたい、ダンスの発表会的なものを見に行くと、自分の好きなタイプの作品にしか興味が湧かず、その中でも好きなタイプの踊り方をする子ひとりに視線が釘付けになってずっと目で追って惚れ惚れしてほわ〜ってなって、それ以外の時間は眠くなっちゃったりして記憶にも残らなかったりするんです。
好きかそうでないかってダンサーが板についた時点で90パーセントは大体予想がついて、だから音が始まる前に脳に伝わってくるんです。
何様でもないのにすっごく偉そうなんですけど。笑

そんな私が、友達の講演が始まった瞬間から、一つも目が離れず、心奪われっぱなしで、しかもうっかりすると涙が出てくるんじゃないかとよくわからない感情でいっぱいでした。すごく小さな子から、私よりも10歳以上は年齢が上であろう方から、1秒も手を抜かずキラキラして踊ってる姿に感情が揺さぶられました。

丁寧に丁寧に指先まで伸びる手足、可動域の広い首使い、滑らかな肩、美しい腰のライン。
ダンサー全員が、とにかく丁寧にダンスを楽しんでる。一人一人がセンターで踊っているかのような存在感。

この舞台にかけた全員の想いや練習量も想像がつき、ここまで生徒たちや若き先生たちを引っ張ってきた彼女の過去から今につながる努力や我慢や栄光を思うと、とにかく心が揺さぶれ、涙が一瞬で溢れそうになりました。

一部が終わり、15分の休憩までは本当にあっという間で、こんな素晴らしい舞台、久しぶりだなーなんて思いながら、ふと自分のダンス人生を振り返ると

自分のダンスの団体を引退してから2年経ちますが、
私は途中で逃げ出したんじゃないか?
と離れてから初めて少し後悔を覚えました。

もうやりきったと思っていた。
思い残すことなんて一つもないと思っていた。
未練もないし、これ以上のことは今後できないし、ダンスに関してやりたいことも、もう絶対思い浮かびもしない。って思ってたのに驚きでした。

そして後半が始まり、また一瞬で終演に近づくと、初めて出会った時はまだ小さな子供だった彼女の娘たちも先生となって作品に携わっていて、踊る姿も圧巻で、この子達もここまでどれだけダンスと向き合ってきたのか、そんな娘たちを彼女はどれだけ長い年月ダンススタジオまで送迎をしたのだろうか、先生として一緒に肩を並べて生きられる充実感とか、自分と重なりいろんなことが安易に想像できて、また涙が出そうでした。

舞台の最後、代表の彼女が挨拶で

「世のため人のため、と言うよりも自分の好きなことを20年続けてきたら、こうなってました」

という挨拶に全てが詰まっていて、とにかくかっこよかったです。


ダンスって、努力だけじゃどうにもならない部分がたくさんあって。
とにかく悔しい思いをたくさんするんですよ。あと、恥ずかしい思いもたくさん。
自分の不甲斐なさに打ちのめされる。

私はそんな世界から、もういち早く抜けたかったのかもしれない。
プレッシャーも無く、ただ頑張れば結果が出るというものの方に逃げたのかもしれない。


自分のスタイルを貫くって、そんなね、甘くない。いくら好きだからってね、ほんと甘くないんです。
20年という月日。
彼女は勝ったんだ。
だからあそこに立って、あそこで涙を隠して笑っていられるんだ。

なんだかすごく羨ましくて、わたしもまた作品が作りたくなりました。

人って、不思議だね。

あれだけもう満足で満腹だと思っていたのに。

胸を張って頑張ってやり抜いて笑ってる人って、ものすごいパワーを発信するし、そのパワーから波動が出て、どんどんその波動が押し寄せてきて、こっちまで揺さぶれていく。

作品にまつわる感動って、場所や規模じゃない。そこにいる【人】なんだ。


ななえちゃんありがとー。良い時間でしたー。

誰かと戦ってるんじゃなくて、ちゃんと自分と向き合って戦ってる人が本当にかっこよくて好きだ!


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