母のインフルによって父と兄が変わった【家族の話】
年末に、母がインフルエンザにかかりました。
それにより家族内の状況が変わり、私の内面まで変化した話。
タイトルは「父と兄が変わった」となっていますが、厳密には、「父と兄は変わっていないけれど、私の見方や行動が変わったことで、結果的にふたりも変わった」という感じです。
変化は大きくこのふたつ。
①父・兄の基準に合わせられるようになった
②手を出さず見守れるようになった
今からお話しすることは、世間的にはごく当たり前で簡単なことかもしれませんが、我が家ではとてもすごいことなんです…!こんな家もあるのね、と思って読んでいただければと思います。
①父・兄の基準に合わせられるようになった
かなり雑な分け方になってしまいますが、わかりやすく分類すると我が家はこんな感じです。
父・兄 → 気づかないタイプ
母・私 → 気づくタイプ
今までは、父や兄に対して事あるごとに「なんで気づかないの?」と思っていました。イライラしていました。
というのも、私が気づくことに、母も当たり前に気づく。父・母・私の3人でいることが多いので、2対1で多数派になり、つい気づく側の基準で考えてしまっていたんです。
でもそれが、母が体調を崩したことで状況が変わりました。
父と私のふたり、もしくは父・兄・私の3人というシチュエーションになり、気づくタイプが多数派じゃなくなった。なんなら少数派になった。
自分と同じように気づく人がいなくなると、自然と気づかない側の基準に合わせていました。チューニングし直す感覚というか、この場での基準はどこかなって探す感覚というか。
違う言い方をすれば、
・求めない
・期待しない
・基準を外に合わせる
という感じ。
「求めないようにしなきゃ」と思っていた頃はさっぱりできなかったのに、状況が変わることで、勝手に求めなくなっていました。
求めない方がこの状況では自然と判断した、とでも言いましょうか。
基準が変わったことで、私の振る舞いも変わりました。
「あれをこうしてほしい」とわかりやすく頼むようになりました。一度に頼むのは一個だけにしました。すると、頼んだ通りにやってくれました。
やってくれたこと、やろうとしていることに、丁寧に「ありがとう」を伝えるようになりました。多少物足りなさはあったとしても、父なりに、兄なりにやってくれたことに対して、感謝を伝えられるようになりました。
こちらが「なんで気づかないの?」「なんでこんなこともできないの?」と思わなくなるだけで、接し方が変わり、その結果相手の行動まで変わるんだと実感しました。
②手を出さず見守れるようになった
これは、あえてやらないという選択ができるようになった、ということです。
母は、とてもよく気づくうえに、先回りしてあらゆることを整えてくれます。それもひとつの優しさだし、それができるのはすごいこと、ありがたいことだと思う反面、そこまでやらなくても大丈夫だよ、と思う自分もいました。
今回、私も母同様先回りして動きそうになるシーンが何度もありましたが、「いや待てよ、困ったら本人がどうにかするだろう」と思い、あえてなにもしない選択をしました。
例えば、タオル。兄がお風呂からあがったとき、お風呂上りに頭を拭くタオルを畳むだけ畳んで引き出しに戻していないことに気づきました。ストックはゼロです。この瞬間、母なら脱衣所にいる兄に新しいタオルを届けるところですが、私は待ちました。
「なきゃないで取りに来るだろう。」
案の定、兄は自分で取りに来ました。文句なんて別に言いません。
客観的に見るとあまりにも当然のことすぎて、書いていて恥ずかしくなってきますが、それだけ我が家では母が先回りして整えてくれていたんです。
あえて私がやらないことで、父も兄も自分から洗い物をやってくれました。
慣れていないので苦労していましたが、今これをやることで、父は、兄は、できることがひとつ増える。そうすれば、今後も進んでやってくれるかもしれない。そう思うと、待つってすごくいいなと思いました。
ここまで書いておきつつ、完全に心穏やかにいられるはずもなく、イライラしかけ、落ち着き、を今日も繰り返していました…
今年の私のテーマは〈向き合う〉。
自分自身と、自分の過去と。
そして必然的に、家族と。
こんな感じで、今年もがんばっていこうと思います。
読んでくださりありがとうございました!
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