見出し画像

東京国際映画祭『アンゼルム』感想

人気のない広大な倉庫。
ここがフランスのシルク工場の跡地だろうか。
人の手で作ったとは思えない自然物のような絵画達、そびえ立つ石の宮殿。
先程まで着ていた人が消えてしまったかのように、残されたドレスの彫刻。
3Dで眼の前に浮かび上がってくるそれらは、めまいと美しい叙情を感じさせる。

先の見えないほど長い廊下に、ゆらゆらと自転車を漕ぐ姿。"彼”は膨大なBOXの中から写真や枝などの素材を探し、ぽんぽんと前カゴに投げ入れる。
生命の創造主は、こんな姿形をしているのかもしれない。

彼の名は「アンゼルム・キーファー」(Anselm Kiefer 1945年−)
世界に名を馳せる、戦後のドイツを代表する画家だ。
彼はドイツの負の歴史に対し大きなスケールで立ち向かい、作品に自身の哲学や精神を反映させる。
キーファーの人間の原罪を問う作品群は、抽象的でありながら明確な意志を持って私達に訴えかける。
それは牙を剥くようなものというより、世界が私の体に入り込んで、共通の細胞をゆらし、包まれるような感覚を覚える。

映画『アンゼルム』は第36回東京国際映画祭の最終日、11月1日にシネスイッチ銀座で上映された。
今作は彼の作品群を追うドキュメンタリーであり、3Dという特殊な上映だった。
私は彼の作品を実際に見たことは無かったのだが、映画を観に行くきっかけになったのは監督のヴィム・ヴェンダースだった。
昔見たファンタジックな作品『ベルリン・天使の詩』が好きで、強烈に心に残っていたからだ。

ヴィム・ヴェンダースは今回の東京国際映画祭のオープニング作品で役所広司を主演に迎えた『PERFECT DAYS』の監督でもあり、『アンゼルム』の冒頭に同時上映された『Somebody Comes into the Light』で、ダンサー・田中泯とセリフのない9分間の美しいセッションをみせた。

ドキュメンタリーで3Dメガネ?と思ったのもつかの間、理由はすぐに分かった。
彼の作品はこちらが圧倒されてしまいそうなほどの、大胆なマチエールが盛り込まれている。
素材は藁、枯れた花、木材、ケシ、脆く朽ちてゆく素材をも偽りなく作品に融合させることで、真実を見出す。
時には作業員に指示しながら巨大な絵画に鉛をぶち撒けて制作する姿もあった。
アップでは抽象的に見えても、数メートル離れると永遠に続く道が出現したりする。
3Dにより、ユニークなテクスチャーを通じて流れ込んでくる熱い意志と、相反するひやりとした冷静な視点、重い責務のような孤独を感じられる。
キーファーの作品は古代ヘブライ語やエジプトの歴史、神話や哲学、宇宙論へとより深く移行し始める。
己の指針に向かい、毎晩夢を見るように制作を進めていく姿が印象的だった。

日本では世田谷美術館にて『東から西へ向かう波』、名古屋市美術館にて『シベリアの王女』が所蔵されている。
いつかキーファーの精神世界を感じに行ってみたい。

ドキュメンタリーの中で、黒いコートを着てパリの街を見下ろしていたとき、私には初めてキーファーが人間らしい姿に見えた。
つかの間、その姿は『ベルリン・天使の詩』のダミエルを想起させた。

この記事が参加している募集

映画館の思い出

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?