見出し画像

【この親にして】ボーはおそれている【この子あり】

 前売り券を購入しておきながら、公開から2週間以上経ってようやく鑑賞。
 前作の勢いと異なり、公開規模が縮小されていると思うのも納得。2回目を見たいとは思わせない、3時間の大作である。

 集中力のある、もとい勘のいい鑑賞者ならば、二転三転する本作でも、ある時点で「これはすべて母親が仕掛けているのでは?」という嫌な予感を抱くはずである。
 私が気付いたのは「実家に辿り着き、階下に降りて、母親の遺体を確認する」というシーンでだが、その階段の柱に年齢ごとにボウの写真が飾ってある、その一番最後、最新のところが、映画のもっとも初期の、「母親の死を知らされ、呆然とするボウ」の写真だったので、これは……と思いました。車にひかれて身を寄せた家庭でも、チャンネル78が示していたとおり、彼はずっと監視されていたわけです。
 ただ、そこまでの彼の旅路、もとい不運のあれそれは、彼自身の病状や薬の副作用がもたらす誇張表現と見ることも可能ではある。
 ……みたいなことを思いながら、最後まで見終わって、あまりにもあっけなく「母親の強烈な支配に置かれた息子の物語」が終わってしまったので、「誰か解説してくれぃ」と思わずツイートしてしまったのですが。パンフレットやら、公式解説HPやらを見て、思っていたとおりの結末に収まっていたので、若干肩透かしを食らった気分ではある。
 「ヘレディタリ-」、「ミッド・サマー」と続けて見てきたファンとしては、むしろこのオチは「え、それだけ?」となってしまった。興行的に振るわないのも、それが理由かなぁ、と思う。
 ただ、パンフレットなどから得た情報を見ると、元々は今作を長編デビューとして考えていたようで、脚本の完成はだいぶ古い。ある意味で、「売れる」ことよりも「自身の作風」を打ち出したい、という監督の思いが一番表れた作品なのかな、と思った。
 だからこそ、同主演ですでにクレジットされている次作品に期待が寄せられるのだが。

 ……などなどの、外的な期待を廃して、作品自体を見れば、それはそれでおもしろかった。
 ボウ、ともかく足が速い。
 「安全地帯」である我が家に駆け込むその流れからして、足が速い。
 この設定は、のちの要所要所で生かされ、「あの惨劇を乗り越えたのは足が速かったからか」という謎の説得力を生む。それくらい、足が速い。
 そもそも、こんな不安症のおっちゃんが、なんであんな治安の悪い土地に住んでんの?ってところからして、面白い。
 これにも見終わってみると、いろいろと考えられるのだけど、
①ボウの病状&薬のせいでそう見えているだけ
②ともかく母親から逃れるために地価の安いところで家を借りる必要があった
の二つが大きなところかと。
ただ、ボウの生活を見ていると、就業しているように見えないので、元より生活の全般を母親に依存していた=カードが使えないと生活できない、ので、①が妥当かと。この映画の世界観が現代ベースではなく、とんでも異次元である可能性もなきにしもあらずだけども。
 しかしながら、本作の全体構造を見るに、②も有り得ると思わせるのが、面白いところ。おそらく、両方なのかな、と思われる。

 こっから、めちゃくちゃ暗くて重い話になるのですが。。。

 誇張されているとはいえ、ボウの生活は「親に頼らざるを得ない障害者」の何者でもなく、彼らも彼らなりに独立心を持ち合わせているものの、「親の援助」を受けている以上、そこに感謝しなければならない、愛情を返さなければならないという意識が、本人の強迫観念にしろ、社会的な圧力にしろ、親からの要請にしろ、あるわけで。
 反抗期すら許されない、障害者の苦悩がはっきりと表現されていると思いました。
 ボウの母親の苦悩も、しかしながら、わからないでもない。今作は、そこに注目しませんでしたが、いわゆる彼女は「ワンオペ」で、双子を育てながら、シングルマザー、なんですよ。「最古参のメイドのマーサが37年以上勤めていた」ことを考えても、妊娠と同時に夫の死を確信し、親一人で子供を育てなければという重圧は計り知れない。
 夫?を、精子を発射しただけで終わった怪物=ペニスマンにしてしまう程度には、しんどかった人生だと思います。彼女は、子育てに、「愛情」も注いだ訳なので。
 んー、だからねぇ、なんかこう、やりきれないんですよね。ボウが母親の愛に応えたいと思う、それは自立を意味して、彼が一時期に夢想した、新しい家族の形成に通じる。
 しかしながら、母親は、それを望んでいない。
 だから、がんじがらめになる。
 ボウが、いい年のおじさんなので、自立しろよ、働けよと思うのは、健常に育った人間の意見なんですよ。彼はその、一歩であるカウンセリングからして、母親に監視されていたわけで。
 最後の最後、沈みゆく船の上で、「死にたくない!」と叫ぶ彼を見て、「え、そうなんだ」とちょっと意外に思った。
 母を絞め殺した後、呆然とした様子で小舟に乗って漕ぎ出す彼の姿は、自殺者そのものでしかなかったので。──だからこそ、行き着いた先が裁判所めいたところで、断罪されて終わるとは、思わなかった。
 あの長尺の、エンディングこそが、
 その死の一環を見届ける演出こそが、
 今作の神髄かなぁ、と思いました。


この記事が参加している募集

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?