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幾度目かの航海

毎日クリティカルなことばかり書いていると疲れるので、今日は息抜き的なことを気楽に書く。


最近はnoteを連続投稿できている。2021年7月25日から、今回で13回連続の投稿になる。だいたいが三日坊主で、宿題はやらないことが多かったタイプだから、よく続けられていると思う。

noteは楽しい。何が楽しいかというと、読んでもらえたことがわかるのが楽しい。ダッシュボードに何回読まれたかのビューが出るのがいい。スキしてもらえればもっと嬉しい。それが励みになってまた記事を書こうという気になるのだ。

僕はひとり暮らしで、仕事もしていなくてずっと家にいて孤独だから、人と繋がるのが嬉しい。50歳近くなって、孤独にも慣れて、ひとりでもわりと平気で過ごすことができるのだが、やはり人と繋がった方が楽しいし嬉しいのだということを、二か月くらい前に本格的に始めたtwitterで実感した。

そしてnoteの発見。140文字では書き切れないことを、思うままに好きなように書くことが楽しいということを、改めて感じることができた。


以前、ブログを書いていたことがある。過去ログも残っている。2005年12月11日から2016年2月28日まで。全488記事。今思うとよく書いたものだ。書き始めたときは34歳。いや、誕生日前だから33歳か。いやあ、若い。それまでは日記のようなものを書く習慣がなかった。書くことにときめきのようなものを覚えたような気がする。

そのときの記事を、少し恥ずかしいが、ここに晒してみようと思う。

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幾度目かの航海


  久しぶりに電車に乗った。
  何度目だろう、この感覚・・・

 
 冬は引きこもるのが恒例行事になっている。
 それでも以前よりは間隔も期間も短くなった。
 
 5年ほど前、斎藤環のトークライブを見に行ったとき、
 引きこもりの「主」みたいな人がゲストで出ていた。
 その人は自分のような仲間を「ヒッキーと呼んでくれ」と言い、
 「ヒッキー革命は既に始まっている」と宣い、
 革命の同志達は「とりあえず自宅待機中」と仰せられた。

 革命によるものかはわからないが、今、
 心の病のようなものを「メンタルヘルス」、
 それにかかっている人を「メンヘラー」などと呼ぶらしい。
 そして、ニート・・・

 僕が精神科医にかかり始めた頃は、
 「引きこもり」という言葉もあまり使われなかった。
 曖昧で便利な言葉が増え、そして良いイメージでない言葉も出てきた。
 そろそろ、否応なく、「旅立ちの時」を迎えるらしい。

 シンガーソングライターになることを夢想していた頃、
 古村敏比古というサックス奏者の、
 「幾度目かの出航」という曲に歌詞をつけた。
 
   幾度目かの航海の日は どこまでも青く澄み
   幾千もの荒波を超え 遥か霞む 光の国へ
   傷つき果てた魂を背負って
   俺はいつか 辿り着く

 曲のタイトルを「幾度目かの航海」と勘違いして覚えていた。
 英語で"regrets and departures"という副題をつけた。
 こういうコッパズカシイ思い出は、
 書く勇気のある時に晒してしまおうと思う。

 勢いでつけたタイトル「男Nのニートからの旅立ち」。
 1発目はとってもライター気取りの文章になった。
 勢いで書き出してみて、
 あとで後悔してもデパーチャーなのネン♪


(初出 2005年12月11日)

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