[小説] 消しゴムから出てこないアイツ 1 [無料]
episode 1 消しゴムの中と外でけんか
かわいい女子3人で誕生日を祝ってあげたばかりの大和が、彼に恋する也実の消しゴムの中に入ってしまった。彼は自分の意思ではないと言うが原因はわからないし、またなぜか彼はやたら高い声になっていて──?
※ episode 1〜5 は全文無料で読めます(有料にした理由)
077/けしゴムからでてこないアイツ
2023年10月26日完/四百字詰原稿用紙46枚
火曜日から姿が見えないあいつは今、消しゴムに入っている。しかも今ここで高校二年生の私の手に握られて目下使用中の白い消しゴムだ。すでに豆腐のような純白が曇り色に染まってきてはいるけれど、まだまだ十分ノートを元通りきれいにできる普通の消しゴム。大きさはええと……、ここ数日やけに減りが激しくて二立方センチを切った? 私が恋してるからって、私の持ち物の中に入らなくてもいいのに。
風穏やかな、光みずみずしい四月の終わりだった。
二年三組の私、鷹島也実の前の席は静かに空いている。新しいクラスではまだ一度も席替えをしておらず、生徒たちは苗字の五十音順で席を並べたまま。消しゴムのあいつ──高木大和は月曜日までその席に騒がしく座っていた。
「ねえ、そんなことして何のつもりなの? いいかげん答えてよ」
私が休み時間の喧噪にまぎれて詰問すると、彼は『俺の意思じゃねえっつーの!』とボイスチェンジャーかという高音で返してきた。
「ああ……、もうっ」
これまでに何度もしたやりとりのくり返し。私が高い声の大和と会話できるようになったのは昨日の水曜日からで、火曜日は教室に現れない彼をただ心配して過ごした。片想いの私も彼と友達ではあるわけで、電話やメッセージで何度状況確認したくなっても、病気ならよけいなことはだめと一日がまんした。
友達といえば、私たちは二年連続で同じクラスなのだが、入学当初の一年六組では苗字の五十音順でも二人の間に一人割り込んだため、親しくなったのは二学期のことだった。
『けっ、也実は短気でまじ短気でほんと短気だよな。包容力のない女はもてねえぞー』
消しゴムの中の大和がばかにしたように言う。それとも高い声だからそう感じただけ?
いや、ばかにされてる。私は「もうっ」って歎いただけじゃない。あっ、
「そうだ、今大和も怒ってなかった?」
気がついたこと。本当は「大和だってもてないくせに」と言い返してやりたかったところ、残念ながら彼は私に「もて」ていた。消しゴムから出てくれないと乙女の恋も大人の愛の〝あれ〟〝これ〟もできやしないのだけど。
『俺は怒ってねえよ。ただ「俺の意思じゃねえ」って教えてやってるだけだろ』
大和が外に出る代わりに出す声はもはや私より高い音で、
「じゃあ私も『もうっ』って言っただけじゃん」
何だよ「じゃあ」って。
この通り消しゴムの中と外でけんか腰の私たちだが、彼が私の筆記用具に入る前の大切な月曜日にもけんかしていた。
雨沙燕の世界にいらっしゃいませ。最後までよろしくお願いします!
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