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[小説] 消しゴムから出てこないアイツ 4 [無料]

episode 4  消しゴムの中にいる


かわいい女子3人で誕生日を祝ってあげたばかりの大和が、彼に恋する也実の消しゴムの中に入ってしまった。彼は自分の意思ではないと言うが原因はわからないし、またなぜか彼はやたら高い声になっていて──?

※ episode 1〜5 は全文無料で読めます(有料にした理由

077/けしゴムからでてこないアイツ
2023年10月26日完/四百字詰原稿用紙46枚


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 もう新たな悪夢は見なかったらしい水曜日の朝、私は登校してすぐに大和の声を聞いた。
『也実、おい也実。ここは学校、俺たちの教室だよな?』
「え……っと、あれ、大和?」
 私はホームルーム前の教室を左右に計三百度ほど見回し、彼がいないことを確認。声は変に高いのだが、我が二年三組で私を「也実」と呼び捨てするのは彼だけなのだ。しかも彼以外にも私に声をかけたと考えられる人の姿はなく、また声は正面から聞こえてきた。
「ちょっと、ど、どこにいるの?」
 私はそう口にするものの、大和だろうと他の誰であろうと机の下に隠れてでもいない限り今の声は幻聴のはず。そして誰も隠れていないのは明らかだった。
『なあ、俺には何も見えないんだけど、教室の音がするんだ』
 おっと続く二言目、私はその痛いくらい金属的な声色こわいろに大和の面影を感じてはっとする。音に「面影」って言葉の使い方間違ってるかもしれないけど、やはり昨日から姿の見えないあいつなのか。
 それより「何も見えない」って、こちらから彼が〝見えない〟だけではないとは──、幻聴の可能性も含めて何が起きているんだ。
「あ、の、大和……だよねえ、私に話しかけてるの」
 朝一番のチャイムに向けて深まる喧噪のなか、たとえありえなそうでも私は机の上に顔を近づけて声をひかえ気味に確認した。
『ああ、俺だ高木大和だ。そっちは鷹島也実だろ』
 おおっ。小人かほこりか、机の上から返ってきた声に「う、うん」と正直に答える私。ふとそこに出した蒼ボールペンと消しゴムが──ボールペンはシャーペンのつもりだったのだが、二つの筆記用具が気になってくる。
 そういえば、メモをとろうとしたんだっけ。紺色の通学鞄から筆記用具を出したら大和に声をかけられたのだった。
『どういうことなんだ、俺は。さっき、四、五十分前か。ラー、ランカシャーがやたらほえてたし』
「ひっ」
 どきりと声が出て顔を引いた。ほえていたのは我が家で飼われているシェットランド・シープドッグのラーウィックだ。大和にも話した名前は「ランカシャー」なんかじゃないけれど、昨日の朝からラーウィックは落ち着きがなく、今朝など家を出る私が玄関まで追いかけられた。
 もし大和がそのことを適当に言ったのではなく知ってたとしたら──、まさか家から一緒に来て今机の上にあるボールペンか消しゴムのどちらかが彼なのか? 気になったのはそのせい? 家では鞄の中でもあの騒ぎなら聞こえててもおかしくない。
『なあ、どうなってんだよ。これまでの音で也実は目が見えてるだろ? 教えてくれよ!』
 彼は高くて湿った声で私にすがってくる。私は家のラーウィックに対してと同じく彼に適した言葉をかけられず、ただ思いつきで小さな消しゴムを汗ばんだ右手に隠した。
『──お、おい、也実何かしてんだろ、教室の声がくぐもって聞こえる』
 大和の声自体もわずかに弱々しく聞こえた……ってことは、
 ずきんっ、
 うわあ彼は消しゴムの中にいることになるではないか!
 私は思わず消しゴムを投げ捨ててしまった。


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シェットランド・シープドッグってかわいいですよね。では、名前「ラーウィック」の由来は何でしょう?

答えはシェトランド(シェットランド)諸島の州都です。ランカシャーではありません。まあ、イギリスっていう点は一緒ですね……。

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