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金魚からの認定証

 我が家の金魚が産卵した。大きな喜びだった。
 朝、水槽の前に立った私は、驚きの発見に目と口を大きく開けたまま放心した。
 これまで長いこと金魚飼育の趣味を続けてきたけれども、産卵に直面するのは初めてだった。
 金魚という可愛いものを、観賞魚屋で買ってきて育てているのだが、ときどき天国に行ってしまうことがある。そうなると、水槽の中が寂しくなってしまい、数日間落ち込む。でもまた、新しい金魚を求めて観賞魚屋に出かけてしまうのだ。それを繰り返してきたので、なんとも言えない罪悪感を金魚に感じてしまうことがある。
 観賞魚屋に行かなくても、金魚が増えることがあるという事実が不思議だった。
 親になった金魚から、卵を産んでも大丈夫な飼育者と認定された気がした。
「産卵おめでとう」
 私は親金魚につぶやいた。

 あれから、3年たった。よく育ってくれたと、水槽におでこを付けてちび金魚を眺める。
 ちび金魚たちは眺める飼い主の顔を怖がって素早く逃げたり、興味のままに近づいてきたりする。
 ちび金魚を見ていても、なぜか金魚という気がしない。『金魚が産んだ子ども』という生き物に感じる。
 私は子どもがいないので理解できない気持ちがある。それは、世間のご夫婦は子どもが生まれたときに、『人間が増えた』というよりも『子どもが生まれた』という気持ちだという。
 私の気持ちも今は似ているかもしれない。

 今回は書かなかったけれども、金魚を卵から育てるのは苦労の連続だった。産卵したのは2020年の春。世の中がコロナで混乱している最中だった。私もコロナで激動し、金魚の産卵で狼狽していた。印象の濃い春だった。

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