モカと彼女 第1話 モカと家出少女①

俺の名前は淹立モカ。
突然だが俺には夢がある。
それは、とびきり可愛い彼女とイチャイチャしながら今生を終えることだ。
富、権力、名声?それが何だっていうんだ。ありったけの夢より、可愛い彼女一択だ。
俺の命は、いつだってイチャイチャと共にある!!
そう思っていた。


ー彼女と出会うまでは.....



「ねー、モカくん。付き合ってよ?」
「嫌です」
ここは片田舎にある喫茶店。今は店員であるモカと、その隣に立つ店主の女性以外には誰もいない。
店主の女性はモカに、何やら頼み事をしていた。
「何で嫌なの?」
「嫌だから」
女性の顔を見ずにモカは答える。
モカがチラリと隣に目をやると、女性は彼を見て、膨れっ面をしていた。
「良いじゃん、合コンの1つや2つ。付き合ってよ」
「そこまで女に飢えてないんで、俺」
「うわー、見栄張ってるよブ男の癖に。モカくんって、そーいうとこダサいよね」
「ダサイって思うなら合コンに誘わないで貰えます?」
「嫌」
「何で?」
「嫌だから」
彼女の名前は深煎豆子(とうこ)。この錆びれた喫茶店の店主である。小柄な見た目と茶髪ボブヘアがチャームポイントと本人はよく語っている。彼女からは親しみを込めてマメコ先輩と呼ぶように言われているが、呼んだことは一度もない。
「合コンは明日なんだけどさ、1人ドタキャンしちゃったんだよー、モカくん来てよ。ね、お願い!」
「嫌ですよ」
「彼女作るチャンスだよ」
「だとしても合コンは嫌」
「ノリ悪いわー。ケチ。ケチモカだよ」
「ガキですかアンタ」
何だその幼稚なあだ名。
マメ先が口をへの字に曲げ、頰杖をつく。
「てか、お客さんこないねー」
「こんな時間に来る訳ないでしょ」
現在の時刻は深夜22時。チェーンの喫茶店に負けじと《《基本》》0時まで営業しているが、正直働く身としては、鬱陶しいことこの上ない。本音を言えば、早く帰って選手を育成してプロに導きたいところだ。
「もう閉めて良いんじゃないですか?」
「キミはパ○プロしたいだけでしょ、モカくん。時給出してんだから仕事してよね」
「その仕事する相手がいないんじゃ....」
そう言いかけた時、入り口のドアについたベルがカラカラと鳴る。
と同時にドアからひょっこりと女の子が顔を出す。
どっかの会いに行けるアイドルのセンター並に可愛らしいルックスの女の子だ。背中あたりまで伸びた鮮やかな黒髪は、彼女によく似合っている。
茶髪ボブのマメ先とは、えらい違いである。
「まだ、やっていますか?」
可愛らしい女の子が聞いてくる。
あらやだ声まで可愛いらしいこと。
だけど.....
「いや、もう閉めるとこで.....」
「いや閉めないわよ!」
マメ先に横から頭をどつかれる。
思いの外痛い。モカは小さく呻いた。
「いたっ!ボケただけでしょーが!力入れすぎですよアンタ!」
「ツッコミは力入れなきゃ面白くないでしょ?」
「昭和の価値観押し付けないで貰えますか?どつき漫才なんて流行らないからね今ドキ。今の流行りは傷つけない笑いですよ。き、ず、つ、け、な、い。知らないでしょオバサンだから」
「知ってるわよそんくらい。てか私まだ28だから。お、ね、え、さ、ん!アーユーオーケー?」
「その言い方が既に古いんですよ」
気付け。
モカの心情などいざ知らず、マメ先が可愛らしい女の子にニッコリと笑いかける。
「お客様、一名様で宜しかったでしょうか?」
「はい」
「お好きな席へどうぞ」
完璧な接客対応。本性は合コンに行きたいだけの女の癖に、それをカケラも見せない社会人の鏡である。
可愛らしい女の子は、迷わずカウンター席の前に座る。
つまりはモカの前。
「え?」
思わず驚く。
今の我々の会話を聞いて、ここに座るだと?大半の人はうるせー店だと思って、店の奥に行くのが通例だぞ?
可愛らしい女の子は、また可愛らしく微笑む。
「お二人を見てるのが楽しそうだったので」
ズッキューン!
頂きましたぁぁぁ!!
天使の矢で撃たれると、こんな気持ちなんだろうか。幸せ。
キリッとクールな男前の表情を作り、可愛らしい女の子に尋ねる。
「お客様、何になさいますか?」
「え、えーっと.....」
可愛らしい女の子が考える素振りを見せる。
モカは追い討ちをかけるように、まくしたてる。
「おすすめはブレンドですが、苦いのが苦手であればガヨ、変わり種でイルガチャフィなどもございますが.....」
「は、はぁ」
女の子はメニュー表を見ながら、少し圧倒されている様子だった。あまりこういうお店に慣れしていないのかもしれない。ココは喫茶店と言いつつ、珈琲専門店並にコーヒーしか置いていないから。
そこに、可愛らしくないアラサー女が割って入ってくる。
「モカくん、キミって典型的に現金な奴だよね」
「合コン女には言われたくないですよ。早くしないと適齢期逃しますよ」
「うっさいブ男」
「悪かったですね、ブロッコリー男子で」
「ブ男って、そーいう意味じゃないんだけど?」
マメ先と例によって、くだらないやり取りをしていると
「決まりました」
可愛らしい女の子が言う。
「ブレンド1つお願いできますか?」
注文を聞いたことで、モカは自分が店員という事実を思い出した。
丁寧な口調で答える。
「かしこまりました。サービスでマスターからのキスかハグが選べますが、どちらになさいますか?」
すぐさま、隣から頭をどつかれる。
本日2回目だから少し慣れた。
「ねーよ、そんなサービス。てかアタシがマスターなんだけど」
モカが隣を見るとマメ先がジロリとこちらを見ていた。
「コーヒー淹れてんの俺じゃないですか」
「モカくんはバリスタ。アタシがマスターだから」
「何その客からしたら、どーでも良い違い。多分読者ですら、どーでも良いと思ってますよ」
「つべこべ言わず、珈琲淹れてくれる?」
「はいはい」
モカはコーヒーの準備を始めた。
準備をしている間、女子ふたりが話し始める。
「ごめんね、なんか騒々しくて」
マメ先が可愛らしい女の子に両手を合わせる。
「主にあの子が」
マメ先に指を差される。
言い返そうと思ったがコーヒーの準備中の為やめた。
「いえいえ」
可愛らしい女の子はおしとやかに微笑む。お店に入ってからココまで途切れることなく天使の微笑みを崩さない。すごい子だ。
マメ先が可愛らしい女の子に顔を近づけ、モカの方をチラリと見やりながら言う。
「ま、こんなんだけどさ、淹れるコーヒーだけはイケてるから。安心して。こんなんだけど」
「は、はい」
「聞こえてますからね」
ついつい口を挟んでしまった。てか、口を挟ませにきてるとしか思えない。
「そーいえばさ、お名前なんて言うの?」
モカの言葉を無視して、マメ先が女の子に尋ねる。
「甘目ココアと言います」
「へー、名前まで可愛いね」
「そんなことないですよ」
女の子が顔を赤くして首を振る。
何このピュアな女の子。こんな子が現実に存在するのか。いや正確には《《現実ではない》》のだけども。
可愛らしい女の子もといココアにマメ先が話しかける。
「そーいえば、よくココを見つけたね。分かりづらかったでしょ?」
「え、えーっと、そーでもないですよ」
「気を遣わなくても良いよ。ここ、街中よりも、かなり《《外れてる》》からね」
「では、どうしてこの場所にお店を?」
「えー、それ聞いちゃう?単に街中に土地買うお金がなかっただけだよ」
「あ、そうだったんですか。なんか、あの、ごめんなさい」
「良いの良いの。でも、結構気に入ってるんだよねこの場所」
マメ先が決して広いとは言えない店内を見渡す。
淡いオレンジ色のライトに照らされた店内には20世紀後半を思わせるようなレトロな装飾やテーブル達が並んでいる。ちなみに、すべてマメ先の趣味だ。
「ちょっとだけ、アタシの話してもいい?」
唐突にマメ先が話を切り出す。
「え、全然良いですよ」
いつの間にやら、マメ先が出していたであろうお水に口を付けながら、ココアが答える。
「甘やかさないで良いですよ、ココアさん。ココアだけに」
「うまくないよモカくん」
モカの横槍をスルーして、マメ先は話し始めた。
「アタシね、大学卒業してからIT関連の会社で働いてたんだけどさ、どこか退屈だったんだよね。毎日毎日同じことの繰り返しで、いつも会社に行くのが憂鬱だった。それで3年前に脱サラして、このカフェを始めたの。サラリーマン時代よりも大変だったけどさ、お陰さまで、それなりに毎日楽しめてたりはするの。ま、売り上げはアレなんだけど」
マメ先が照れ笑いのような苦笑いを浮かべる。
「こんな場所だけど、ココはアタシにとっては自慢の場所なのよね。だから、まー、ちょっとでも良いなって思ったら、また来てくれると嬉しいかな、なんてさ。あ、なんかゴメンね、来て早々に重たい話して」
「え、そんなことないですよ。ステキなお話でしたよ」
ココアが優しく微笑む。前世は天使だったのだろうか。
ちょうどコーヒーを淹れ終えたモカは、小さく溜息を吐いた。
「ホントですよ。重いのは体重だけにしてくれますか」
「誰の体重が重いだ。アタシ、脱いだらヤバいからね」
マメ先の主張をスルーして、ココアの前にブレンドコーヒーをお持ちする。
「お待たせしましたお客様。こちら当店おすすめのブレンドコーヒーになります」
「ありがとうございます」
「デブマスター、略してデブスターのありふれた思い出話よりもステキなお味となっております。ご堪能くださいませ」
「良い加減にしないと減給するわよ、モカくん」
マメ先が横槍を入れてくるが無視した。
ココアにニッコリと笑いかける。
「ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
モカはココアにペコリと会釈して、その場を去り、カウンター周りの掃除に取り掛かる。
「ほんと一言多いんだから」
モカの背中を見ながら、マメ先が小さく溜息を吐く。
「お二人は仲が宜しいんですね」
ココアがコーヒーにミルクを入れながら言う。
「えー、そう見える?」
「はい」
「どーだろうね」
マメ先が宙を見つめながら答える。
「お互いのことを信頼しているからこそ、はっきりと言い合えるのだと思いますよ」
「嫌いだからハッキリ言えるのかもよ?」
「いや、そんなことないですよ。嫌いだったら、そもそも話したいとは思いませんから」
「心あたりでもあるの?」
「え?」
ココアが驚いた表情でマメ先を見つめる。
「ふと思っただけよ」
フフッとマメ先が悪戯っぽく笑う。
「......」
マメ先の意味深な言葉に、ココアが言葉に詰まる。
「えーっと、それは.....」
「まーた、自分より可愛い子いじめてんですかアンタ。性格悪いですよ」
掃除中のモカが横から口を挟む。
「モカくんには言われたくないんだけど」
マメ先がジロっとモカを睨む。
「俺は自覚してるから良いんですよ。何事も無自覚なのが一番タチが悪い」
「うわっ、若造の癖に分かったようなこと言ってるよ。意識高い系だ。寒っ」
「アンタも似たようなもんでしょ」
「モカくんと一緒にしないで欲しいんだけど。アタシはモカくんと違って経営してますから。意識高くて当たり前。雇われクンは黙って貰えるかな?」
「うわっ、いちいち腹立つ。ろくにコーヒーも淹れれないカフェ店主の癖に」
「だからコーヒー作れるモカくん雇ったんじゃん。アタシったらあったま良いー」
マメ先が勝ち誇ったように、ニヤニヤ笑う。
モカは雇用主の子供じみたニヤケ面に呆れた。
「俺が辞めたらどーすんだ、まったく」
モカが小さく溜息を吐いていると、ふとココアがクスクスと笑っていることに気付いた。
「どうされました?」
「あー、いえいえ。やっぱ、おかしいなーって」
そう言いながらも、ココアのクスクス笑いが止まらない。
「やっぱりお二人は仲睦まじいですよ」
「ココアさん、失礼を承知で言いますが、眼科行くことをお勧めしますよ。眼球が腐敗してる疑いがあります」
「いえ、私の感覚はきっと正常です。いやお二人を見て、正常に戻れた気がします」
「?」
モカにはココアが何のことを言っているのか、よく分からなかった。
どういうことだろう。
「実は、私は今日、家出をしてきました」
「!?」
いやホントに何言ってるの!?
「えーっと、家出ですか?イエスタデイじゃなくて?」
「何その面白くないボケ」
「ちょっと黙って貰えます?」
マメ先を無視して、ココアの次の言葉に注目する。
家出をしてきた。
その事実だけで、十分不可思議である。
だからこそ、ココアがこれから何を語るのかが気になった。
ただ、ココアの次の言葉は、思わぬ角度から飛んできた。

「わたし....死にたかったんです」

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