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デッドマネーは悪か? (後編)Void Year編【NFLサラリー談義#7-2】

皆さんの応援のおかげで2週連続の記事です。Week5はNOは34-0、SFは42-10といずれも完勝でした。応援の力はすごい。この調子だと今シーズン中にあと10個くらい記事が必要かもしれませんね。大変だ。

さて、前編に引き続き今回も『デッドマネー』がテーマですが、中でも『Void Year』という、架空の契約年を作った場合に発生するデッドマネーについて書きます。全体に前回よりもやや難しめな話(特にEaglesの話が出てくる後半)ですがご容赦ください。

前編の記事では、まとめると

  • 契約を途中で打ち切った場合、その選手の支払い済みのサラリーでキャップに計上していないもの(Signing Bonusの分割分など)が一気に計上される

  • その結果「放出されてロースターにいないのにサラリーキャップには計上される」という事態になり、この分が「デッドマネー」と呼ばれる

  • LACのJ. C. JacksonとDENのRandy Gregoryは、5年契約の2年目で放出されたため、3〜5年目に計上していたSigning Bonusの分割分を中心としたデッドマネーが多く発生した

という話でした。


1. Void Yearとは?

1.1. Odell Beckham Jr. (BAL)を例に見てみよう

今回Void Yearを説明する例として、今年FAから1年$15MでBALと契約(高っ…)したOBJの例を見てみましょう(別途インセンティブが$3Mあるらしいですが、今回は関係ないので無視します)。
$15Mは全額保証で、内訳はBase Salaryが$1.17M(最低年俸)、Signing Bonusが$13.3Mとなっています。

1.2. 1年契約だから全額今年のサラリーキャップに計上…とは限らない

さて、では今年のOBJのキャップヒットはいくらでしょうか?

前回の記事で「Signing Bonusは契約期間内に最大5年キャップヒットを分割できる、結果として先送りになる」と書きましたが、普通に考えたら、1年契約なのだから複数年でBase Salaryを割り振ったり、Signing Bonusを分割することは不可能で、今年に$15M全て計上するだろうと思いますよね。

ところが実は、今年のOBJのキャップヒットは$3.9Mです。これを可能にするのが今回のテーマの「Void Year」です。

1.3. Void Year:架空の契約年を追加して分割を可能にする方法

何をしたかというと、2023年の1年契約を結ぶ代わりに
2023-2027の5年契約
+2024年になったら自動的に契約が解除されるという約束付き

の「実質1年の5年契約」を結んでいます。
こうすると、見かけ上の契約期間は5年なので、この5年間でSigning Bonusを分割できます。グラフにすると以下のようになり、1年$15Mの契約なのに今年のキャップヒットが$3.9Mになるわけです。実際の契約期間(1年間)に、無効(void)な契約年(4年間)を追加しているためvoid yearと呼ばれるわけですね。

2024-2027は実際には無効(void)な契約で、Signing Bonusの分割のためだけに設定されている

1.4. 来年になったらどうなる?

では2024年にはどうなるかというと、契約は自動的に切れるため、手続きとしては5年契約を1年で打ち切ったのと同じです(前回のJ.C. Jacksonとかと同じ)。
そのためデッドマネーが発生しますが、前回述べた「Signing Bonusを最大5年で分割できるのは、その選手がロースターにいる間だけ」というルールのため、2024-2027年分のSigning Bonusの合計$11Mはまとめて2024年にデッドマネーとして計上します(下図)。

ちなみに、これを避ける方法は1つあり、契約が無効(void)になる前の今年中に契約延長することです。支払い済みのサラリーなので総額が減ったり返ってくることはありませんが、延長すればロースターに残るので、デッドマネーは発生せず分割も継続されます。

1.5. Void Yearで大量に発生するデッドマネーは損か?

OBJの例の場合、契約が切れた来年に$11Mのデッドマネーが発生することになり、従来の価値観的にはこれはあまり良くない響きに聞こえると思います。

しかし、Void yearの場合は放出と違い、契約が満了した上でデッドマネーが発生します。額面上は$11Mのデッドマネーは発生しますが、

「1年間OBJを選手として使って、$15M支払う」

という事実は、仮にVoidを設定しても設定しなくても変わりません。サラリーキャップが2023年に全て計上されるか、2023年に$3.9M、2024年に$11.1Mと分割されるかの違いだけです。
「デッドマネーの多さ」という観点では大きな違いが出ますが、Void Yearを設定することで実際に損したり得したりすることはなく、単にサラリーキャップを今計上するか先送りするかというだけの話です。前編の記事で紹介したようなリリース/トレードの場合のような「早く契約を打ち切って、後半の契約部分がまとめて降りかかる」というものではありません。この2つを同じ「デッドマネー」として扱っている(しかも、無駄なお金というニュアンスがある)のが、個人的にこの言葉があまり好きでない理由です。

1.6.(発展)オプションボーナス/契約再構築でもVoid Yearは使える

このように「5年未満の契約を結ぶ際でもSigning Bonusを5年で分割するためにVoid yearを設定する」というのがVoid Yearの最もスタンダードな使い方ですが、使い方はこれだけではありません。ちょっと発展的な話ですが、その他の有名な「キャップ先送りの手段」である

  1. オプションボーナス (option bonus):契約を結ぶ際に設定するボーナスの一種。契約期間内のある年に一括で払うサラリーですが、Signing Bonusと同じくキャップヒットがその年以降分割して計上できる。最近の大半の大型契約に含まれる(ロジャースの記事でも軽く書きました)。

  2. 契約再構築 (restructure):契約の途中で、Base SalaryをSigning Bonusに変換して分割先送りをする手法。Saintsの得意技。

を用いる際もVoid Yearを設定することができます。、残りの契約年が5年に満たない場合でも5年間でキャップヒットを分割することができ、最大限の先送りが可能になります。

2. Void Yearの活用状況とEagles

2.1. 錬金術師Roseman

いずれの場合でも、Void Yearと言えば「キャップ先送りの手段」と考えて問題ありません。現在、このVoid Yearは規模の大小はあれど、ほとんどのチームが取り入れています(NEやCINなど時代遅れの保守的なキャップ運用をするチームでも最近は少し使います)。

では、このVoid Yearを最も積極的に使ってるチームとGMはどこかというと、サムネの通りPhiladelphia EaglesのGMのHowie Rosemanです。
(個人的には、リーグで2番目に良いGMだと思います。色々総合するとKCのBrett Veachが一番だと思ってますが、トレードとかはRoseman)

以上のツイートの通り、Void yearの総額では2位のNOに$40M近い差をつける圧倒的トップ。
おそらく99%のNFLファンに認識されていないがNOファンの僕にとっては重要な事実ですが、NFLで最もサラリーキャップの先送りをしているチームはSaintsではなくEaglesです。Saintsは毎年段階的にやってるからニュースになって目立つんですが、Eaglesは契約時にまとめてやる(しかも3年後を5年後に先送りする、みたいなことをする)ので毎年の年度末は静かで知られないだけです。

2.2. Eaglesの大量のデッドマネーは、大半がVoid Year分

前編の記事でも述べましたが、Eaglesはデッドマネーが多いチームです。第1シードからSBに出た2022年は$64M(全体の30%)、ここまで5-0の2023年は$57M (全体の25%)とかなりの多さ。「デッドマネーは多い = 勝てない」という定説の逆を行っています。

その理由は、デッドマネーの内訳を見てみると分かります。実際に今年を例にデッドマネーの上位陣を見てみると、

Fletcher Cox $15M (契約を切り替えるため一度リリース→2日後にFAで再契約)
Javon Hargrave $12M (契約満了→FAでSFへ)
Brandon Brooks $9.8M (引退)
Isaac Seumalo $7.5M (契約満了→FAでPITへ)
James Bradberry $4.9M (契約満了→FAで再契約)

で大部分を占めています。
重要なのは、いずれの選手も、途中の放出ではなく基本的には契約を満了している or PHIに今も残っている選手だという点です。PHIはほぼ全選手の契約にVoid Yearを設定している結果、上記のOBJの例と同じように選手の契約が切れる度に先送りしていた分がデッドマネーとして発生しています。

つまり、前編で紹介したような長期契約/大型契約を早期に打ち切って生まれる「悪い」デッドマネーはほぼなく(Jalen Reagorくらい)、多くは契約の満了に伴ってVoid yearに先送りしていた分を精算しているのがデッドマネーとして加算されているわけです。あくまで編成にとっては契約を結んだ時点から予定していたものなので、デッドマネーによって編成が狂うということが基本的にありません。これが強さを保っている理由の1つと言えます。
(もちろん「このレベルでサラリーキャップを慢性的に先送りすることが長期的に正しいか」はまた別の議論です。当然リスクもあります。これは多分例はSaintsになりますが、機会があれば別記事にて。)

大量のデッドマネーも基本的には「計画通り」

2.3. デッドマネーは補強の自由度を減らすから悪?

とはいえ、「全体の25%がデッドマネーになっていたら、自由に使えるサラリーキャップが75%しかないのだから、選手の獲得の自由度が下がって良くない」という反論を思いつく方もいるでしょう。ですが、Eaglesなどのチームに関して言えば、これも当てはまりません。

なぜなら、新たにVoid Yearを設定し、デッドマネーで減った分だけ未来へと先送りして今年のキャップスペースを空けてしまえばいいからです。

例えば、4年$100M(平均$25M/年)で契約したAJ Brownの今年のキャップヒットは$8.6M、3年$38M (平均$12.7M/年)で新たに契約したJames Bradberryの今年のキャップヒットは$3.0Mです。こういう選手を増やせば、デッドマネーの大きさに関係なく、実質的には毎年他のチームと同じだけのサラリーキャップで運用することが可能です。「先送りのツケを、さらなる先送りで解決している」という戦略が現在のEaglesです。
(よい例えか分かりませんが、給料の前借りをずっと続けることで毎月の支出を一定にキープしているようなものです。予定外の支出があったり、給料が下がったりしない限りは大丈夫)

2.4. (余談) Eaglesはなぜ強いのか

上記の方法を使えば、通常のチームと比べてサラリーキャップが極端に制限されることはないとはいえ、キャップが余るという状態には決してならず、FAで大型契約を結ぶ、全員を延長してキープするなどは難しくなります

しかし、PHIの戦略が優れている点は、上位指名権を常に多くキープして、代わりにドラフトでの補強を可能にしていることです(ルーキー契約はサラリーが安い)。
2020年シーズンに4勝11敗に沈んだ際に、Carson WentzのINDへのトレード(2022年1巡を獲得)と全体6位のトレードダウン(2022年1巡を獲得)で1巡を2つ増やし、その後もこれを一度に使わずトレードを使って分散させるすることで、毎年強力なルーキーの補強を可能にしています(これに加えて、CJ Gardner Johnson、D'Andre Swiftなど、中位(3〜5巡)の指名権を使ってキープレイヤーを取ってくるのも上手い)。サラリーキャップ的には完全に「オールイン」状態ですが、その分ドラフト指名権を余らせるようにしているという戦略が他のオールインチームとの違いですね。

Jalen Hurtsの延長、高齢選手の増加、今後のドラフトキャピタルの減少などを考慮するとずっと戦力をキープできるわけではなさそうですが、おそらく2025年くらいまでは強いと予想しています。
(でも、弱くなってもまた4勝とか5勝の年を1年だけ作ってすぐ復活しそう、困る。Howie RosemanにFBIの捜査入らないかな…

3. まとめ:良いデッドマネーと悪いデッドマネーがある

ということで、何か途中からEaglesの宣伝記事みたいになってしまいましたが、言いたいこととしては

  • デッドマネーはトレード、リリースの結果とは限らず、Void Yearへの先送りの精算をしている場合も多い

  • そのため、デッドマネーの大きさだけを見てチーム状況やキャップスペースの厳しさを測るのは難しい(デッドマネーが多い≠今年は勝てない、いい選手が取れない、例はEagles)

  • NFLで一番サラリーキャップの先送りをしているのはSaintsではなくEagles

ということです。
一番分かりやすいのは下のグラフですね。基本的にデッドマネーは、増えすぎない限りはプレーオフ出場率との相関はないです(増えすぎると下がりますが、おそらくこれはQBを放出してこの値になっているためです。あとVoidはここ数年でもどんどん増えているので今年のデータだとまた違うと思います)。

オフになると、「デッドマネーランキング」「キャップスペースランキング」などがTLを賑わせますし、これをベースにした議論も多いです。
しかし、このような数字は見かけだけのことも多く、チームの本質を表しているとは限りません。チームの戦略なんて5年とか10年単位で考えるものですし、失敗したと思われたチーム作りが後から成功に変わる(逆も然り)もしょっちゅうです。単純化された議論に惑わされすぎず、「補強ポイントを押さえているか」「一貫性のある補強をしているか」などに目を向ける方が良いのではないか、というのが僕の意見です。

以上です。長文かつ前編に比べるとややこしい内容でしたが、お読みいただきありがとうございました。

英語ですが、以下の記事を読めば関連したさらに詳しい内容もありますので、興味のある方は良ければ。

次回予告

次回は、今回のEaglesの話とも関連するので、現在のNFLの契約の中で最も先送りに特化したJalen Hurts (PHI)の契約とオプションボーナスの話を紹介したいと思います。今回のテーマ「void year」と、ロジャースのトレードの記事でも触れた「オプションボーナス」を駆使して、可能な限り先送りサラリーを増やした契約。2029-2032のVoid Yearに$86Mが設定されているらしく、ここまでやるとNOファンでも流石に引きます。

また、「デッドマネーとは何か」を噛み砕いて説明した前編の記事が結構好評だった(いつも読んでくれるオタク契約に詳しい方以外の方から結構反応があった)ので、今後は機会があれば「最近の実際の契約を例を使って用語を説明」みたいな記事も書いていこうと思います。今のところ考えてるのは

  • Joe Burrow/Justin Herbertと5年目オプション

  • Lamar Jacksonとフランチャイズタグ

  • Brock Purdyとルーキー契約

  • Dak Prescottとリストラクチャー

  • Deshaun Watsonとノートレード条項

とかです。

今回と同様、記事はNOとSFが同週に勝利したら投稿します(最短で次はWeek6後)。今週は2チームとも日本時間2時開始のアウェーゲームで、NO@HOU、SF@CLEです。NOはCJ Stroud君にプロの洗礼で3INTくらい浴びせて、SFはCLEを守備指標1位から引き摺り下ろす予定です。
今週も応援よろしくお願いします!


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