見出し画像

苦手にしていること。

 美容室が苦手だ。

 そう感じたのは、大学一年生の時。地元北海道を離れ、東京の大学に通っていた私は、伸びきった髪に、どうしようもないほどのだらしなさを感じていた。六月の梅雨の湿気と暑さにやられた私は、髪を切ることを決めた。通学中に携帯で予約サイトを開き、あまりにも多すぎる美容室の中から、このどうしようもないほどのだらしない髪を預ける美容室を探す。

貧乏学生にとっては、カット料金をなるべく抑えておきたいところである。抑えれば抑えるほど、サークルの飲み会ではお酒が一杯増え、古本を買うことができるからだ。けれども、安すぎてもだめだ。大学生というポジションに似合う料金と技術の高さを求めようとする。また、当時は通学に片道、一時間近くかかるような生活を送っていたので、予約する美容室を大学の近くにするか、家の近くにするか、はたまたまったく別のところにするか、でも考えなければならない。結局、サークル活動もあるということで、大学の近くの口コミ評価の高く値段も手ごろな美容室にすることにした。

 予約サイトに掲載されてある電話番号にかける。
「はい、○○(お店の店名)です」
「あの、予約をしたいんですけど」
「担当者はお決まりですか?」
「初めてなので決まっていないです」
 と人生で初めての美容室の予約を、講義の合間になんとか終えて、講義の終わりに行くことになった。

 雑居ビルのエレベーターのドアが開くと、日差しが目いっぱい入る大きな窓と、用途のわからない小物と大きな本棚にあまり見覚えのない雑誌がいくつもある美容室であった。受付を済ませ、ふかふかのソファで待たされる。案内されて、仕上がりのイメージを伝えて、いくつかの質問に答え、眼鏡を外す。

 眼鏡を外せば、あたりはゆがんでしまい、鋏が重なっているのか、コームでとかされているのか、それは地肌の感覚でしかわからない。

 美容室の滞在時間はおおよそ40分。その間話した内容はまったく覚えていない。むしろ、何も話していないのではないか、とも思う。これが初めて自分で美容室を選び、美容室に行った思い出である。

 やはり、と思う。私は美容室が苦手だ。

 まず、なぜこんなにも美容室が多いのか。

日本には美容室が二十三万軒以上あるといわれており、これは日本のコンビニ軒数の四倍以上の数になる。その中から自分に合った美容室を見つけようとすると、相当な苦労が立ちはだかるだろう。美容室選びは迷わされるから苦手だ。

 また、予約も苦手だ。予約をせずに美容室に行くと、タイミングに左右されやすく、すぐに案内されるかはわからないから、予約は必ずするようにしている。ネット予約は美容室側に手数料がかかるという。なら、電話予約の方がよいように感じる。予約の時に必ず聞かれることは、担当者が誰であるか、ということ。担当してもらう人を選ぶこと自体、おこがましい行為だと感じてしまう。けれども、担当希望なし、というのも美容師側にとってみれば、良いこととは思えない。初回は誰が良いのかわからないから、担当希望無しでその日の運に任せて、二回目以降は初回に担当してくれた人にお願いするのがセオリーだろう。

 美容室で苦手なことはほかにもある。

美容室の空気も苦手だ。綺麗に並べられた雑誌や整った小物、トイレに入ればふかふかの手拭き用タオルが置かれている。生活環境の中ではあまりにも突出した場所である。その環境に長くいると居心地の悪さすら感じてしまう。敷居の高くない環境なら、まだ居心地もいいのだろう。そう考えると私はもてなされることに慣れていないのかもしれない。美容室に流れているBGMや長い間見送られることなど、美容師が最大限もてなしてくれることが苦手なのだろう。ただ、それらがなかった時、サービスの善し悪しをどう感じるか、想像するとあまり素晴らしさを感じるとは思えない。その匙加減は難しいものがある。

もてなしと言えば、会話も苦手だ。カットの時間をどう過ごしてもらうか、美容師が行きついた行動の一つが、会話をすることなのだろう。もちろん会話をしないことももてなしの一つだ。最近では、最初のアンケートのところで会話をしたいか、したくないか、というアンケートを取っている美容室もあるくらいだ。けれども、居酒屋の一人飲みよりもタクシーの車内よりも、美容室に行けば会話が自然と生まれていく。その会話に悩まされる。つまり、何を話せばよいかわからなくなるのだ。

例えば、
「今日はこの後、どこかに行かれますか?」
 と質問されて、
「はい」
「へえ、どちらに行かれるんですか?」
「大学です」
  なんだが空気が重たい感じがする。
逆に、
「大学のサークルの活動があって、サークルは短歌のサークルで、歌会というのが主な活動で、歌会というのは……」

 なんて話し始めたら、美容師はその笑顔の裏で何を考えだすだろうか。関係性の問題だと思うがその匙加減が難しいと感じてしまう。

どうして美容室に苦手意識を持ってしまうのだろう。苦手意識を持ったのはやはり大学一年生のときである。それまでは、実家の美容室でしかカットをしてきていなかったら、美容師である両親には苦手意識はない。きっと苦手意識も慣れてきたら和らぐのではないだろうか。

ならば慣れてみよう。そんな理由ではないが、大学から専門学校に行き私は今、美容師として鏡を拭き、荷物を預かり、鋏を扱い、カラーをし、シャンプーをして、お客様をお見送りしている。苦手な存在に私もなっていると思うと、なんとも不思議な話である。美容師である私を私自身苦手という感覚はない。

美容師になった私は試しに、別のまったくかかわりのない美容室で(美容師であることは伏せて)カラーをお願いすることがある。その時はやっぱり美容室は苦手だと感じる。きっと客として美容室を利用するときに、苦手だと感じるのだろう。

働いていて、それにしても、と思う。私がここまで美容室が苦手だというのに、目の前でお話ししているお客様は、苦手だと感じていないのだろうか。中には苦手そうにしている人や、話の流れで、
「私、美容室が苦手で」
と打ち明けてくれる人もいる(打ち明けてくれて、ありがとうございます!)。けれども、その人たちの他にも苦手を隠して来てくださっている人もいるだろう。その方々はすごいなあ、と思う。

もちろん、美容室を苦手だと感じていない人もたくさんいる。ヘッドスパをしてリラックスしに来る人や会話をしたいがために来てくださる人もいる。

さまざまな人が毎日来る美容室で働く私は、休みの日に職場から離れた、初めて行く美容室を予約し、髪を切られに行く。そのたびにやはり、美容室は苦手だ、と感じてしまう。

#エッセイ #美容室 #美容師 #詩人 #詩 #詩人美容師 #札幌 #琴似 #雨とランプ #日記 #ブログ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?