原色の少女 #1
1.シティポップの神様
黒いTシャツを着たエンジニアが、ステージ上でギターのチューニングをチェックし、舞台袖のスタッフに向かって「OKサイン」を出しました。
「OK。コンサートは無事に開催されるようだ」
僕たちは、安堵の溜め息を付きました。
つい数日前まで、演奏メンバーの体調不良により、開催が危ぶまれていたコンサートなのです。
僕と親友の栗山さんは、舞台から数えて6番目の、一番左端の席に座って、次の懸案事項について、議論を始めました。
「それにしても、デカいスピーカーだな。音圧直撃じゃないのか?」
「ヤバいっすね。耳栓しておいた方が良いかも?」
目の前に据えられた巨大なPA装置を睨み付けながら、しかし、実は本心は、屈託のない、安楽な見通しを立てていました。
大丈夫。
「あの『シティポップの神様』が現れれば、すべては救済されるはずだ」
*
僕が、すべての仕事と家事を放擲して、旅に出たのは、金曜日の夜のことです。
その日は盛岡のホテルに宿泊し、土曜日に十和田市で栗山さんと再会し、日曜日に青森市で開催されるコンサートに参加する予定を立てていたのです。
3泊4日。片道250kmの旅程です。
もうすぐだ。
もうすぐで、僕のすべての苦労が報われるはずだ。
書いた汗も、使った金も、消費したガソリンも、休みの言い訳も。
*
やがて、神様がステージに現れました。
万雷の拍手、快哉を叫ぶ人々
その『シティポップの神様』は後ろ髪が長く、原色のシャツを着て、少年のように無邪気な笑みを浮かべていました。
2019年6月16日。
青森市文化会館「リンクステーションホール」での出来事です。
(『原色の少女#2』へ続く)
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