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卒業するあなたへ🌸短編小説「花道」

「あった〜、ここにあったのか」


放課後、音楽準備室の奥を漁る。机の下に落ちた黄色いマスコットを、腕を伸ばして取り、埃を払った。
「お守りみたいに大切にしてたのに」。
大事なものを忘れるくらい、一生懸命だったのかな。
吹奏楽部でこの部屋を使ってたのはだいぶ前のこと。大学受験の合格発表を終えた私は、ぴよりんのマスコットをお腹に抱き抱えながら、ふうと一息ついた。
準備室を出ようとした時、扉を開ける音が聞こえた。
「お久しぶりですね」
一個下の大西くんだ。

「こんなところにいらっしゃるなんて、どうしたんですか」
「ちょっと忘れ物してたみたいで」
埃でちょっと汚くなったマスコットを見せる。
「なにそれ、きたなー」と、いつもの爽やかな笑顔で笑った。
「あ、すみません。本音がついこぼれてしまいました」
「全然大丈夫!さっき拾ったの」
「えー。いつからあったんですかね?」

彼は楽器を片しながら話した。だんだん濃くなったオレンジの夕日が、強く差し込む。大西くんの背中が、少し影になった。
「先輩が居なくなるの、さびしいです」
さっきまで明るかった声が、ちょっと低くなる。
「ってすみません。明日卒業式ですもんね!それまでとっておきます、涙は!じゃまた!」
わずかに振り返って、そそくさと出ていく。彼の後ろ姿がやけに印象に残った。

晴れた卒業式の朝。桜はまだ咲いていない。
胸元にピンクの花がつけられた。これから一生、着ることのない制服に。
名前が呼ばれ、卒業証書を受け取る。
いよいよ卒業するんだ。

式も終盤。一斉に立って礼をする。
大好きな後輩たちが奏でる音楽が流れ始めた。「3月9日」だ。

さっき一度止まったはずの涙が、また少し流れた。
前の人につれて、帰りの花道を歩く。吹奏楽部が奏でる音楽が近づいてくる。一瞬、その音のほうを見た。コンマ1秒後に、大西くんと目が合った。

時が止まった。

驚いて目を見開く私。
そうしてすぐ、彼は演奏に戻る。
スローに見えた景色の中で、大西くんは切なそうに笑っていた。目が合った瞬間が、永遠に感じられた。

また、会えるよね。
はい、また会えますよ。

花道はもうすぐ終わる。
会場の出口に近づく。
私は終わる。
でもこれは、新しい春の始まりだ。

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