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香りが想い出を運んで

私の名前はトキコ。

職場結婚をした主人は数年前に亡くなり、二人の娘は既に家庭を持っている。

今は時折送られてくる孫たちの写真を見て、成長を見守ることが生きがいだ。
60を過ぎると足腰にガタが来るのか、昔あれだけ夢中になっていたバレーボールはすっかりご無沙汰となっている。

ゴミ出しついでにお隣の奥さんとちょっとした立ち話で盛り上がるも、これといった楽しみはなく、これからの余生は少し寂しさを感じつつ、一人のんびりと生活していくものなんだと思っていた。

そんなある日のことだった。
「ピンポーン!」
はいはい、ちょっと待ってね。
そう、心で唱えながら、モニター画面をのぞき込んだ。
宅配業者のお兄さんが、お届け物でーす、と声を張り上げている。
私はいそいそと玄関ドアを開け、荷物を受け取った。
「ありがとうございました」
威勢の良い声を聞くと、背筋が伸びる思いだ。
「ごくろうさま」

ゆったりとした足取りでリビングに戻り、小包をテーブルに置いた。
置いた時の音からすると、缶箱だろう。
随分と可愛らしい包装紙で包まれている。

差出人の名前は「江ノ口たか子」となっている。
「あら、タカちゃん…」
タカちゃんは、幼稚園から高校までの時間を過ごした幼馴染。
私はもどかしい気持ちを抑えながら、包装紙を丁寧にはがす。

「まぁ、可愛らしいこと」
私は思わず笑みを浮かべた。

缶箱の蓋には、女の子やウサギなどの可愛らしいイラストが描かれている。
絵の下には達筆な英語表記が印字されている。

「お菓子かしら?」
私はゆっくりと蓋を取った。
そこには、これまた可愛らしいイラストと色合いのティーバッグが四つずつ収まっている。
「まぁ…キレイ」

私はその内の一つを手に取り、パッケージを見てみる。
紫色をバックに、妖精のような女の子と彼女を取り囲むように花やウサギといったモチーフが規則正しく散りばめられていた。
女の子の上辺りには英語で「KARELCAPEK」と書かれている。
きっと、有名なお店なのだろう。

お礼の電話をしないと。
そう思い、ティーバックを戻そうと蓋を持ち上げたときのことだ。
何かがパサッと落ちてきた。
よく見ると一通の封書。
表には「トッちゃんへ」と書かれている。
こみ上げてくる懐かしさに胸がドキドキした私は、ゆっくり封筒の口を開け、中から手紙を出した。
几帳面で真面目な字体が並んでいる。

私は引き出しから老眼鏡を取り出し、手紙を読み始めた。

「拝啓
お元気ですか。梅雨も明けて本格的な夏がやってきますね。
きっとあなたは昔の様に活発に動き回っているのかしら。
私は4人の孫のおばあちゃんとなりました。
体は昔の様に元気とはいきませんが、近所に住む娘家族に気に掛けてもらいながら、のんびりと生活していますよ。

突然で、驚いたわよね。
私が出不精で面倒くさがりなのは誰よりも知っていると思うけど、そんな私でも一回は行ってみたいと思っていたお店があったの。
「カレルチャペック」といってね、まるで童謡の世界に迷い込んだような、それはそれは可愛らしいお店なの。
そう、あの「カレルチャペック」よ。
だけどこの流行り病で、中々その機会に恵まれなくてね、人間行きたいと思ったら即行動しないとダメだわね。

私はずっと、憧れのまま年を取っていくだけなのかと思ってたわ。
ところがその憧れの「カレルチャペック」に足を運べる機会を頂いたの。

お店の中は想像通り、まるで私が妖精になったみたいで夢の時間を過ごせたわ。

早速お土産にお紅茶を買おうと思った時にね、ふと思い出したの。

小学校が終わった放課後、トッちゃんと二人神社の階段に座り「長い長いお医者さんの話」について延々と語り合ったこと。
私にとって、トッちゃんと過ごした時間はかけがえのないものだもの。

この贈り物を見たら、どんな顔をするかしら。
なんていったって、トッちゃんは驚き屋さんですものね。

今、私は「フルーツパーティ」というお紅茶を飲みながら、このお手紙を書いています。
トッちゃんはどれが好き?

今度会えたら、ぜひ教えてね。

今日は最高気温35度の猛暑日。
どうか、お体ご自愛くださいね。
かしこ
江ノ口たか子」

涙が止まらなかった。
彼女との思い出が走馬灯のように流れてきた。

私は「フルーツパーティ」を手に取った。
ピンクのパッケージで、黒猫ちゃんとリンゴが四隅に浮かんでいる。
私は戸棚から、カップとソーサーを出した。
ティーバックをセットし、給湯ポットのお湯を注ぐと、ピンク色が拡がった。

甘酸っぱい香りを思いっきり吸い込みながら、口に含む。

(どんなことを書こうかな)

幼馴染のはにかむ笑顔を思い浮かべ、シアワセな香りを胸いっぱい吸い込んだ。



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