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岩手の郷土芸能・鹿踊にさぐる、弔いの念を場に立ち上げ共有する祭りの可能性

踊ることは、生きること。
これは昨年2022年に岩手を訪れ、鹿踊にある根源的な思想を学んで、感じたことです。

鹿踊に出会ったときの衝撃と、タイミングに運命を感じ、導かれるままに岩手県を4回ほど訪れました。

岩手県・一関を拠点する京屋染物店さんが開催する、ヘンバイバライという郷土芸能のフェスのようなイベントに参加したり、その後も遠野のしし躍りのモニターツアー(プロデュース:ITLF)に参加するなど、岩手の鹿踊や郷土芸能の虜になっていて、岩手という土地が育んだ文化や精神性に魅了され続けています。

そもそも、なぜこれほど鹿踊に魅了されているのか。
出会ったあとの数ヶ月間は、その理由をあまり上手く言語化できなかったのですが、思索を重ねた結果、今日この頃やっと自分の中で言葉にできた気がしています。

そんなわけで、どうしても自分の言葉で語らずにはいられなかった「鹿踊」について、今回は書きたいと思います。


そもそも「鹿踊」とは

鹿踊とは、死者を供養するために400年も前から岩手で踊り続けられている郷土芸能です。(他地域でも踊られていますが、岩手では現在も祈りをもって踊っている方々が継承されている印象を感じました。)この踊りを通して、人間が命を頂いた動物に感謝するだけでなく、鹿(に扮した踊り手)が人間の死を弔い魂を鎮めます。

このようにして、生きる人間は死に対して通年を通して向き合い、生の有難みや輝きを他人・他者と共に分かち合う。この精神を岩手という土地の歴史や地形が自然と育んだことや、約400年経った今も当たり前に地域文化として存在し続けていることに、私はとても感動しました。

私と岩手、大切なものを共有するということ

私の母は、2021年の11月(約1年前)に急遽しました。
たまたま前日に実家に帰ったのが奇跡だったと思います。入院していたわけでないけど、突然、心不全の発作を起こして亡くなりました。

そんな出来事があって、悲嘆に暮れていた私は、心が震えるような出来事と、身近な人が突然いなくなった孤独と、誰かとどうにか共有したかったのだと思います。そして、残された私が去った母の幸せを祈り続けたい、そんな祈りを、何かの形にしてみたいなと思っていました。

そんなときに、ふと京屋染物店の「山ノ頂」プロジェクトを通して鹿踊を知りました。クラファンの文章を見た瞬間、鳥肌が立ったのを今でも憶えています。

11年前の東日本大震災の被災と1年前の私の肉親の死。
種類は違えど、どちらも様々な喪失を含む「災い」です。鹿踊研究の第一人者・赤坂憲雄先生がある記事で、震災後に避難所を飛び出し鹿踊を踊る郷土芸能団体さんがあったとお話していました。

死者や土地、つまり自分達の大切なもののことを想い、お祈りしないと心が落ち着かない。死者の魂を慰めるために、被災直後でも、いや、被災直後だからこそ、彼らは踊る。ここにはインフラとしての踊りが存在する。
踊ることは、生きること―。

そう知った時、この人たちは、私となにか同じ義憤のようなものを潜在的に共有しているのではないか。

だから、私は鹿踊に出会ったときに身震いするような感動をしたのか!
やっと全てが腑に落ちました。

岩手には共有したい価値があり、信念をともに育んでいける〈いのちの共異体〉がある。
そして、私が大切にしたいことが似ているこの土地の人達と「踊ること」でひとつになりたい。本質的な豊かさがつまったこの文化は、後世に残していく意義が十分ある。自分が未来につないでいくことに貢献したい。
そう思っています。

個人に降り注ぐ「災禍」に対して、個人(私)はどのように向き合うのか?

今後は踊りに挑戦しつつ、そして、私が踊りに救われたように、必要とする人に鹿踊にある精神性を届ける方法を探っていきたいと思っています。

もちろん、これまで通り岩手の人達が、現地で踊り継ぐからこそできることがあると思います。しかし、きっとそれだけでは届けきれない部分もあると思います。母が亡くなった後、鹿踊に出会いに救われたという私の人生の物語から、これまでとは別の新しい光をあてることができると考えています。

いわば、鹿踊は、私の悲嘆の「治癒薬」のようなもの。
自分が癒されたことを機に、母の死の意味やそこから学ぶべきことについて思考を巡らせる日々から一転、「個人に降り注ぐ『災禍』に対して、現代に生きる個人(私)はどのように向き合うのか?」という、これまでとは一つ高い次元の問いを持つようになりました。その問いの答え(仮説)を、鹿踊が持つ機能的な面から考察して創り出したいと考えます。

鹿踊では、この世にいる私と他者の、この世を去った他者(死者)に対する弔いの念いを、踊って場に立ち上げることで、それを身体的に或いは知覚として共有することができます。この特性に治癒やまた別の効能を生み出す可能性を感じます。

また、踊りという儀式は、「様々な他者と、供に養う」ためのもの。まさに「供養」です。この「供養」の側面こそが潜在的な価値である気がしています。ここからさらに着想を広げていきたいと思います。




とりあえず、もう一度鹿踊を観に行きつつ、他の土地の歴史文化信仰、供養の文化やそのかたちについてフィールドリサーチをしに行きたいと思います!何らかのプロダクトというよりは、リサーチを活かした芸術作品に落とし込めればいいなと思います。


研究と制作は続く―。



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