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ドキュメンタリー《誰がラヴェルのボレロを盗んだのか》日本語訳台本 エピソード5 「訴訟」

日本モーリス・ラヴェル友の会では2016年5月よりフランス国内で報じられてきましたラヴェルの著作権や遺産問題について折に触れてきましたが、その時期、フランスのテレビ局やインターネット上で公開されましたドキュメンタリー映像《Qui a volé le Boléro de Ravel ?》(誰がラヴェルのボレロを盗んだのか)の監督であるファビアン・コー=ラール氏とコンタクトを取り、この映像作品の9章のエピソードの日本語訳の翻訳権を得て、2017年から2018年にかけて連載企画として当友の会Facebookページにて台本を掲載しました。

本年2月14日、フランスで「ボレロ」裁判が始まったことを受けて、改めてラヴェルの著作権・遺産問題を振り返るために、こちらnoteにて再掲いたします。

上のYouTubeの映像と共にご覧ください。
ピクチャインピクチャの設定で台本と映像が同時に観られます。


ドキュメンタリー《誰がラヴェルのボレロを盗んだのか》日本語訳台本 エピソード5
1968-1977年 「訴訟」




1968年の初め、モーリス・ラヴェルと従兄弟の子供の関係にあるマルク・ペランとマルセル・ペランは、アレクサンドル・タヴェルヌを作曲家唯一の遺産相続人とした判決を不服として控訴した。

サン=ジャン=ド=リュズは、この事件の噂で持ちきりとなった。

億万長者になった元美容師の話は市長の関心を引いた。

精力的な社交家でもあるタヴェルヌは、この街で名声を博したいと夢見ていた。

ラヴェル・アカデミー(マスタークラスや演奏会などのイヴェント)が誕生し、出資者のアレクサンドル・タヴェルヌは、この件で多大な恩恵も受けた。

フロレンス・モト(音楽評論家)
「(アカデミー創設は)おそらく、裁判で有利に働いたと思います。アレクサンドル・タヴェルヌが作曲家モーリス・ラヴェルの記憶を残すために、すべき事をしている証拠として。」

1968年1月31日、ポー(訳注:アキテーヌ地方の都市)の控訴院(高等裁判所)。

マルク・ペランの弁護士達は、ジャンヌ・タヴェルヌがエドゥアール・ラヴェルを"看護"していたと証明する必要があった。

民事訴訟法第909条※に明らかに反する行為であるからだ。

※フランス民事訴訟法909条…死に至る病気の患者に対し、治療に関わった医師や薬剤師、また看護師など医療補助者たちは、その過程において好意で行った間接的な誓約または遺言の恩典を受けることは禁じられている。

カトリーヌ・イリバレン(エドゥアールの元看護師)
「看護師は患者からいかなる相続も受けてはなりません。そんなことを許したら、高齢者は不当に搾取されてしまう。」

検事総長は、ジャンヌ・タヴェルヌがエドゥアールの看護師であったと確信し、遺言書の無効を訴えた。

しかし裁判官は、ジャンヌが違法な医療行為を実際に行っていたという証拠を見出せなかった。

エドゥアールは心身共に健康であり、彼の遺言も法的に有効であるとの判決が下された。

ペランたちは破棄院(最高裁判所)に上告した。

他方、モーリス・ラヴェルの家《ベルヴェデール》について。
ラヴェルの弟によってフランス国立博物館に遺贈されたが、その後どうなっていたのだろうか。

ラヴェル最後の弟子、マニュエル・ロザンタールは、ベルギーのテレビ局によるインタビューを《ベルヴェデール》のラヴェルの部屋で受けた。

「べルヴェデールには謎があります。その謎は、そんなにお待たせしません、ここにあります。このショーケースの後ろに、非常に狭く小さい部屋があって、書類や新聞、そして手書きの楽譜などが積み上がっていました。未来の音楽学者には極めて興味深いものばかりでした。」
(語りながら、空になった部屋の様子をカメラに見せている)

マニュエル・ロザンタールは、それ以上続けることなく口をつぐんだ。

この頃、偶然の一致か、シュド・ウェスト(南西)新聞の編集部カメラマン宛に、アレクサンドル・タヴェルヌから電話が入った。

ダニエル・ヴェレズ(カメラマン)
「タヴェルヌ氏は私に、モーリス・ラヴェルの専門家と思しき若いアメリカ人がいるので、家に来るようにと言いました。」

若いアメリカ人はアービー・オレンシュタインという名の研究者で、驚くべき発見の証人となった。

ダニエル・ヴェレス(カメラマン)
「彼は、誰も知らないラヴェルの作品(自筆譜)…もしかしたら存在ぐらいは噂されていたかも知れないけど、とにかく一度も演奏されたことがなくて、印刷もされていない、全く未知の楽譜をそこに発見したんだ。本当に、そこにあった。彼は有頂天だったよ。」

アレクサンドル・タヴェルヌが所有していたそれら自筆譜は、ベルヴェデールから盗み取られたものなのだろうか。

数年後、マニュエル・ロザンタールはこう記している。
「ラヴェルの手書きによるものは、すべて盗まれていた」と。

最初の提訴から9年後、パリの破棄院において、モーリス・ラヴェルのいとこ甥たちの上告は棄却され、訴訟は終わった。

アレクサンドル・タヴェルヌは3600万フラン(訳注:当時レートから日本円に換算して約53億6000万円)を手中に収め、ビアリッツの高台に夢の別荘を建設し、競走馬を数頭所有し、彼と同じく美容師のジョルジェット・レルガとの交際を公表していた。

その年(1970年)、《ボレロ》はアメリカのハードロックバンド、ジェイムス・ギャングの殺人的リフの灼熱に飲み込まれた。タイトルは《ザ・ボマー(爆撃手)》。

しかしバンドは警告を受け、提訴された。同曲は演奏禁止、レパートリーから削除されなければならなかった。

その意図は明白だった。もう《ボレロ》を好き勝手に演奏することは許されない。陰で、何者かが糸を引いていた。

その人物こそSACEM(フランス音楽著作権管理協会)の元ナンバー2、ジャン=ジャック・ルモワーヌ。

ラヴェルに関する訴訟について全てを把握していた人物である。彼はSACEMを辞職した直後、都合よくアレクサンドル・タヴェルヌの顧問に収まっていた。

またこの頃、ジャン=ジャック・ルモワーヌはルネ・ドマンジュが重大な過失を犯したことを知った。ドマンジュの出版社は、アメリカ合衆国とイギリスでラヴェル作品に関する全ての権利を喪失していたのだ。

アンドレ・シュミット(弁護士)
「アメリカでは、作品の発表から28年後に作者が死亡していた場合、出版社の持つ権利は正当な相続人に戻される。つまり、出版社は権利を失うんだ。」

この情報をもとに、ルモワーヌは攻撃をしかけた。

ダニエル・エノック=マイヤール(現エノック社 社長)
「ルモワーヌはデュラン社に裏取引を強要した。その結果、ARIMA(=Artistic Rights International Management Agency)と呼ばれる音楽出版社が設立されたの。ARIMAはラヴェルの著作権と、出版権の半分を得たわ。」

これと同時に、ある秘密協定に署名がされた。

1972年9月26日、ボルドーのアメリカ領事館にて、アレクサンドル・タヴェルヌは自身が所有するラヴェルの全権利を、ジャン・ジャック・ルモワーヌが設立したARIMA社に10ドルで正式譲渡したのだ。

ダニエル・エノック=マイヤール(現エノック社 社長)
「それから、著作権収益がフランスの課税対象とならないよう、手を打ったのよ。」

ARIMA社は、税務上都合の良い緯度にあるヌーベル=ゼブリード諸島ポート・ヴィラ(現バヌアツ共和国の首都)に住所を置いた。

(ニュース抜粋)
「フランスで最も裕福な男性の一人であり、常に噂の的だったアレクサンドル・タヴェルヌが死去しました。アレクサンドル・タヴェルヌといえば、とりわけ、モーリス・ラヴェルの権利がもたらす巨万の富を継ぐ人物として知られています。」

アレクサンドルがこの世を去ると、彼の未亡人ジョルジェットはフランスを離れた。彼女は世界中を飛び回るジェット族が集うスキーリゾート地、スイスのグスタールに移住した。

その翌年、今度はモーリス・ラヴェルのいとこ甥でトロンボーン奏者のマルク・ペランがジュネーヴで亡くなった。

1975年、BnF(フランス国立図書館)でラヴェル生誕100周年を記念する大規模な展覧会が開催された。

ジョルジェット・タヴェルヌから、手紙や自筆譜、草稿、写真など多くの資料が貸し出された。ラヴェルのコレクションはそれ以降、《タヴェルヌ・コレクション》と名付けられた。

同年、音楽学者たちを驚かせる出来事が起こった。ラヴェルの曲が新たに刊行されたのだ。

それらは作曲家が若い頃に書いた未完の作品だった。

だがラヴェルの弟エドゥアールは、これらの未発表作品は決して世に出ることはないと誓ったのではなかったか。

何故、約束は反故にされたのだろうか。

1977年、《ボレロ》はカナダ・モントリオールのバンド”Kebekelektrik”(ケベッケレクトリック)によってテクノに変貌した。

モーリス・ラヴェルの編集人であったルネ・ドマンジュが、今世に別れを告げた。1977年5月に亡くなったのだ。

さて、デュラン社のトップの座は、誰が引き継ぐのだろうか。

そして《ボレロ》の「カネ」は、いったいどこへ行くのか。

ARIMAの新会社が、今度はジブラルタルに設立されたようだが。


(エピソード6 につづく)

※当ドキュメンタリーの日本語訳の翻訳権は日本モーリス・ラヴェル友の会に帰属しております。翻訳文の無断コピー及び転載は禁止となっております。なおシェアは推奨しております。

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