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【エッセイ】やさしさを胸に

 人が人を忘れていく順番は「声」が最初なんだそう。聴覚・視覚・触覚・味覚・嗅覚の順番らしい。一番早く薄れてしまう記憶はその人の声、反対に長らく忘れられないのは匂い。旅立ってしまった人に関する記憶は徐々に不透明さを増していくもの。それでも、握り返してくれた手のぬくもり、ゆっくりとした足取りやあたたかな声色は意外と覚えているものだ。少なくとも私の場合は。

 10年前の今日、最愛の祖父が亡くなった。当時小学生だった私にとっての直面する初めての身近な人の「死」。前兆とか何もない、いわば急死と呼ばれる類の祖父の死に抱えきれない程の悲しみが胸に広がった。昨日まで元気に会話ができて笑顔もたくさん見れたのに。もう二度と会えない。

 祖父が亡くなる前日、あれはゴールデンウィークの最終日だった。私は祖父がいた老人ホームに足を運んだ。いつも通りにおしゃべりを楽しみ、私のおっちょこちょいな言動に声を上げて笑う祖父。帰り際、祖父と手を繋いで向かったエントランス。一つ一つの祖父とのやりとりが今でも鮮明に思い出される。

 よくお菓子をおすそ分けしてくれた祖父。カラオケイベントで美声を披露していた祖父。「おお、Amityかぁ。よく来たなぁ」と目を細めて私が来るのをとても喜んでくれた祖父。夏のお祭りで一緒に楽しんだこと。よく手を繋いで歩いたこと。施設に行く度に「おじいちゃんへの日記」をノートに書いていたこと。たくさん愛情を注いでもらえたこと。やさしさを数え切れない程受け取ったこと。その全てにありがとう。また会いたいな。

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