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銀行窓口のあの娘は毛量が凄かった

先日、仕事帰りに銀行に行き ATM現金自動預払機 で通帳の記帳をしていたら、印字欄が一杯になったようで、ATMから「しばらくお待ち下さい。新しい通帳を準備しています」という機械のお姉さんの声が聞こえてきた。

(おお、わざわざ昼間に窓口に行かなくていいのか。ATMで準備してくれるのは便利でいいな)

機械の中から聞こえている「ジー・ジー・ジー」という記帳の音が止むと、機械の声のお姉さんは「通帳は、二冊でます」と言った。

そして ATM のスリットからスルスルスルっと、まず元々の通帳が出てきた。機械のお姉さんはこう言った。

「おじさんの通帳をお受け取り下さい」

(なっ! なんで俺がおじさんだとわかった!?どこかにカメラでもついてんのか!?)

おれは辺りをキョロキョロと見回しながら一冊目の通帳を受け取った。

そして次にお姉さんの「新しい通帳をお受け取り下さい」言うセリフが聞こえると、二冊目の新しい通帳が機械から出て来た。

俺は怪訝な顔で二冊目を受け取った。しかし冷静に考えた俺は気づいた。

(そうか、良く考えれば最初のセリフは「オジサンの通帳」ではなく「 ご持参じさんの通帳」だったのだな)

どうも最近老いに敏感になっている男はなんでもそういう風に被害妄想的に聞こえてしまうようである。

***

銀行窓口

こんな調子で、最近はなんでも ATMで用が足りてしまうのでわざわざ銀行窓口に行く機会がめっきり減った。

便利と言えば便利だが、ちょっと味気ない気もする。

昔は何かあれば窓口に行ったものだ。学生の頃は家賃なども毎月銀行の窓口に行って振り込んでいたような気がする。また、お金をおろす時にも、いちいち出金用紙に金額を書いて印鑑を押し窓口に持っていっていたような気がする。そしてそんな時は毎回いつも一番気になる女性行員さんのいる窓口を選んでいた気がする。気がする気がするとうるさいが、実際本当にそうだった気がする。

その後も、大きな金額を下ろす時や何かの手続きなど窓口に行く機会はあることはあるのだが、そもそも最近では支店自体が少ない。

その昔、銀行は沢山あった。東海銀行、三菱銀行、三和銀行、東京銀行、三井銀行、富士銀行、第一勧業銀行。どうですか、懐かしいですね。その後合併吸収が進み、東京で一般人が使う都市銀行は、赤い銀行、青い銀行、緑の銀行の三行に集約されてしまい、また実店舗もどんどん統合され支店の数自体がめっきり減ってしまったので、窓口で行員さんと話す機会もほとんどなくなった。

***

銀行窓口。英語では Bank Tellerバンク テラー なんて言ったりする。Tell に「数える、勘定する」という意味があるからである。窓口でお金を勘定する人という訳だ。それが機械になったのが ATMエイティーエムAutomated Teller Machine現金自動預払機)という訳だ。

今ではほとんどの出納業務を担うATM。機械だけあって味気ないのだが、それをカバーするためなのか画面にはだいたい男女ペアの二人の行員の絵が表示されることが多い。

そんな訳で、まじまじとATMに表示されるその行員さんの顔を見つめてみた。どうだろう。ブルーのスーツに身を包んだ七三分けの男性の方はズバリ入行6年目の28歳、女性の方は新卒2年目の24歳という感じだろうか。毛量が凄い(当社比)。

さすがメガバンク行員だけありお二人とも感じが良い


しかし、色々操作をしているとなんだか窓口で血の通った人間とやり取りしているような感じがしてくるのはなぜだろうか。

俺は気づいた。良く見るとシチュエーションによって表情が変わるのである。

これを見て欲しい。

通常の接客時の表情
何か不本意な事が起こった時の表情

そう、良く顔を見て頂くとわかると思うが、表情が微妙に違う。そう、上手く事が運ばなかった時、彼らの顔には愁いが現れるのである。

実に悲しい(毛量は多いまま)

胸に迫るもののある表情である。このソフトを設計した人も実に芸が細かいと言える。

(どの銀行の ATM もこうなのだろうか?)

そう思って隣の銀行に行って同じ操作をしてみたらそこにもやはり表情の変化があったのである。哀しみの度合いに若干の違いはあるが、他行でもこんな感じで変化していた。

「ありがとうございました」など、通常の接客時の表情
「恐れ入りますがもう一度最初からお手続きください」などの時の若干しょげている表情


そして、ついでなのでもう一つの緑の銀行「ゆうちょ銀行」もチェックしてみたが、あそこはやっぱり元親方日の丸、そんな人間の機微は組み込まれておらず、「文字」が表示されるだけだった。お客に媚びないこんなところにもお役所体質が残っていると言えるのかもしれない。色々比べてみると実に興味深い。

え、ヒマ人? そこは放っておいて欲しい(← 今ちょっと悲しい表情)。

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日本のサービス業独特の表情

ところで話がちょっと変わるが、この ATM のお兄さん、お姉さんの顔を見ていて思い出したのが、日本のサービス業にある独特の表情である。

上の様なただ悲しげな顔というのは万国共通だと思うが、日本で接客業をされている方々がする表情の中に一つだけ他の国ではあまりお目にかからない表情がある。

言葉ではなかなか説明が難しいのだが、以下の手順を踏むとその表情になるのでちょっとやって見て欲しい。

  1. 眉毛をできるだけ八の字にする

  2. 目は黒目しか見えないくらいできるだけ細めて笑う

  3. 口角をできるだけ上げる

  4. 顔を心持ち相手に近づける

そうそう、その表情である。最後の「顔を心持ち相手に近づける」という動作はあたかも相手にこの表情を読み取れと伝えているようだ。

言葉で説明してもなかなか伝わらなそうなので Web で近い表情を探してみたらこれが出てきたが、大体こんなイメージに近い。

日本接客業断り顔の例

そう、申し訳なさそうに何かを断る時の顔である。または「私個人の意見ではなくそういう規則なんです」というような説明をする時の顔でもある。大体、客の無理な注文を断る時や、客のルールを破った行動をたしなめる時にこの表情が見られることが多い。したがって、クレーマーをなだめる時などにもよくこの表情が発動されている様に思う。

どうだろう。日本の接客業では結構お馴染みの表情ではないだろうか。しかしこの表情、個人的には外国ではほとんど見た事がないように思う。(*注)

例えば極端な例だが、飛行機の中で前の座席に足を乗せているような男がいるとする。すると日本人の CA客室乗務員さんはこの顔をして「お客様…… 申し訳ありませんが ……」と切り出すのが一般的ではないだろうか。

それに対して海外のエアラインの場合は、こんな複雑な表情ではなく、真顔(もしくは曖昧さのない毅然とした笑顔)で Would you mind ……(○○しないで頂けますか)と端的に伝えられる事が多いと思う。特にエアライン側に落ち度はないから「申し訳ない風味」は加えずに単に注意する訳である。そしてこれがもしエアライン側に落ち度がある場合だったとしても表情は真顔か毅然笑顔のような気がする。

これは一例だが他の接客業にも当てはまるのではないだろうか。

あの「複合型困り笑顔」は、やはり「へりくだり&おもてなし大国」の日本独特の客商売文化の中で育まれてきた独特の表情なのではないかと思う。そもそも責任の所在を明確にしがちな他国文化では自分に落ち度がない時に、形式的に「申し訳なさそうな表情をする」という発想がないのだろうとも思う。

落ち度がなければもちろん表情は変わらず平常、もし落ち度があるならばそれを言葉で認めるがその時も表情はほとんど同じ。なんなら普通に胸を張って微笑んでいたりする。通常は目を伏せたりもしない印象がある。

これは単に文化の違いなので、どちらが良い悪いという話ではないのだが、常々「あれって不思議な表情だよなあ」と思っており、良い機会なのでここに書いてみた次第である。

そして今、この顔、鏡の前でやって見たのだがやりなれていないからか、かなり変な顔になる事がわかった。不自然なくあの表情でトラブルを納めている人はやはり凄いのである。

変なケチをつけて申し訳ありませんでした。悪気はなかったんですよ。(← 今その表情)


(了)

(*注)もしかしたら西洋では骨格的にこういう表情にならないのかもしれない。だとすると他のアジア圏にはある表情なのかもしれないが、それでもあまり見た記憶がない。

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