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今日ときめいた言葉23ー「今やりたいことを将来に先送りしない。『将来』は来ないかもしれないからです」

そして、次のように続く、

「両親ら愛する人たちに日々、感謝するようになりました。ミサイルが飛んできて、いつ命が奪われるかもわからない。私の幾人もの友人が、すでに亡くなっています」

絶えず死と隣合わせで生きている人の言葉である。まだ25歳の若さ。大学院生の女性である。(2023年2月22日付 朝日新聞 “「将来」来ないかも 先送りせずに感謝” Ukraineの大学院生の言葉から)

かつて日本にも同じような状況があり、多くの若者たちが将来を思い描けない時代があった。「僕たちはもっと生きていたい。将来を見てみたい。まだやりたいことがあるのに」そんな思いを率直に表現できない時代があった。

降りしきる雨の中、銃を担いだ大学生が行進している白黒の映像を見るたびに、胸が痛む。これらの大学生の中でどれだけの人が生きて帰れたのだろうかと思うだけで、痛ましいという感情がこみ上げる。彼らもこの女性と同じように将来は来ないかもしれないと感じていただろう。

「15年戦争という大悲劇を世界と自らにもたらした日本は、世界も目を見張る復興を遂げた。憲法9条は、「偉大」な悲劇の記念碑である。(そして、その記念碑をないがしろにするような政府の安全保障戦略に言及し)この悲劇からすら学びえないとしたら、この国には、一体どれだけの悲劇が必要だというのか」

(2023年1月24日付 朝日新聞寄稿「新たなる政治のから騒ぎ」憲法学者 蟻川恒正氏の言葉)

「人間の眼は、歴史を学ぶことで初めて開くものである」「戦争は国家を豹変させる、歴史を学ぶ意味はそこにある」(2023年2月22日付 朝日新聞 半藤一利氏の言葉)

半藤氏の言葉に基づくなら、我々日本国民の眼はまだ開いていないのではないか。と言うより、開かされていない、いや開かないようにされているのではないか。近現代史をきちんと教えない教育がズーッと続いているのだから。それに先の戦争についての総括もきちんとされていない。

「日本は近代の戦争の歴史を、きちんと教えてこなかった。中学高校の歴史教育も少しずつ変わり始めている。子供達の脳裏に、生き生きと当時の社会が蘇るような教育をしてもらいたい。当時の文学や、絵画や音楽や演劇、映画などに接する機会を作り、実感のある歴史教育をしてもらいたい」

(2023年1月22日付朝日新聞 寄稿「侵攻 飛び交う『歴史の亡霊』」政策研究大学院大学教授 岩間陽子氏の言葉)



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