見出し画像

創作童話『海辺』


車から降りたユウマは、思っていたよりはるかに強い日差しに面食らいました。
「うわぁ、眩しいなぁ。」
駐車場に車はほとんどなく、混む時期を避けて当たりだったな、とお父さんは嬉しそうに言いました。
家族みんなで海に来るのは久しぶりでした。
テレビで海の特集を観ていたときに、お父さんが、今年こそは海に行こう、とほとんど思いつきで提案したのです。



両親はせっせと車から荷物を下ろし、その間にユウマと妹のミサは服を脱いで、あらかじめ服の下に着ていた水着の姿になりました。
「すぐに行くから、ミサと先に降りててちょうだい。」
お母さんはそう言うと、膨らませた浮き輪を二つ、ユウマに持たせました。
「はぁい。ミサ、行こう。」
ユウマとミサは、海辺に続く階段を降りて行きました。
砂浜には人っこ一人おらず、ユウマとミサの独占状態でした。白い砂浜はどこまでも広がっていて、空がいつもよりも近くに見えました。



「ここに来たこと、覚えてるか?ミサはまだ小さかったけど。」
ユウマが尋ねるとミサはううん、と首を横に振りました。そうかそうか、と言って、ユウマは持っていた浮き輪の一つをスポリとミサに被せてやりました。
「お兄ちゃんから離れちゃダメだぞ。」
二人はサンダルを脱いで、海の方へ歩いて行きました。同じ頃、両親もまた、パラソルやらクーラーボックスやらを持って階段を降りて来ました。



ユウマとミサは、はじめこそ恐る恐る海に足を踏み入れましたが、その美しさと温かさに安心し、浅瀬で追いかけっこをしたり、ぷかぷかと浮き輪で浮いたりして遊び回りました。
その日の波は穏やかで、先ほどまで眩しすぎるほどだった太陽も、今では心地よく二人を包み込みます。
絶好の海日和と言えました。
燦々と降り注ぐ日差しを浴びながら、ユウマはパラソルの下でこちらを見守っている両親に手を振りました。



海で一通り遊んだあと、二人は砂浜に上がりました。
ミサは大きな貝殻を見つけると歓声を上げ、それからせっせと貝殻拾いを始めました。
ユウマはそんなミサの側に立って、海の方をじっと見つめました。
熱砂がじりじりと足の裏を焼いていきます。
波は、いつ見ても不思議です。
どういう仕組みであんな風に押し寄せたり引いたりするのか、お父さんに尋ねたことがありましたが、お父さんにも難しかったのか、その答えは曖昧なものでした。



——————海はいつ見ても変わらずそこにあるけど、僕はこれから、変わってしまうのだろうか。
静かに波打つ海を見ながら、ユウマはそんなことを考えました。
——————この海みたいに変わらずにいることはできるだろうか。
——————でも、変わらないって、良いことなんだろうか。



それからちらと、足元で一生懸命に貝を集めているミサを見やると、こんな風に思いました。
——————僕たち家族も、変わらずにいられるだろうか。
——————来年もまた、こんな風にして、みんなで海に来られるだろうか。
——————来年には、ミサは話せるようになっているだろうか。



結局最後はいつも、ミサの心配で終わるのでした。



「ユウマー、ミサー、お弁当食べようー。」
遠くからお母さんが手招きします。
「はぁい。ミサ、行こう。」
ユウマはミサの腕を引きましたが、その拍子にミサの集めた貝殻はパラパラと落ちてしまいました。
「あ、あー…」
「ごめん!すぐ拾うから!」
ユウマは慌ててしゃがみ込みましたが、ミサは大丈夫、という風に首を振りました。



——————ミサの口から「大丈夫」を聞ける日は来るだろうか。
——————僕が「大丈夫」と思いたいだけなんじゃないだろうか。



申し訳なさとやるせなさで泣きそうになったユウマは、ミサの手を握るとくるりと背を向け、両親の待つ方へスタスタと歩いて行きました。
ユウマの思いは波に乗って、海が遠い遠いところへ運んでくれるでしょう。



おしまい

この記事が参加している募集

私の作品紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?