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創作童話『素敵なブティック』


その街は一年中寒くって、広がる灰色の空の下、れんが造りの家々や道は明るく塗装されていたものの、そのアンバランスさが余計に人々を寒々しい気持ちにさせました。


キリンのマドルは、そんな街でブティックを営んでいました。
ブティックは落ち着いていて、いつもおしゃれな音楽が流れていました。
お客さんから相談されたときには、マドルは一緒にコーディネートを考えるのでした。


ファッションデザイナーでもあるマドルは、ときに自分で服をデザインすることもありました。
自分のアイデアでお客さんに喜んでもらえたとき、マドルはとても嬉しい気持ちになりました。


そんなマドルの相方は、カンガルーのルイーズです。
ルイーズはパタンナーで、マドルがデザインした服をその通りに、いえ、いつもマドルが思った以上に素敵に仕上げてくれます。
カタカタカタカタ…
お店の奥の方では、ルイーズがミシンを使う音がいつも響いていました。


さて、ある日のこと、トラの親子がマドルのブティックを訪れました。


お母さんトラはマドルに近づくと、こう言いました。
「この子、コスモス色のワンピースが欲しいと言うんですれけど、ピンクや黄色のを見せても、どれも違うというんです。」
色々なお店を回ったのでしょう。
お母さんトラは困り果てたように見えました。
女の子のトラは横を向いてむすっとむくれ顔です。
「このお店に、コスモス色のワンピースはありますか?」


「少々お待ちください。」
と言って、マドルは店の中にあるコスモス色と思われるワンピースを集めました。
ピンク、白、オレンジ、赤紫…
しかし、どれを見せても女の子は首を横に振ります。


はて、困った。どうしよう。


「少々お待ちください。」
パッとひらめいて、マドルは白い紙に色鉛筆でサラサラとなにやら描き始めました。
「こんなのはいかがでしょう。」
トラの親子が覗いてみると、それは黄色やピンク、赤紫がグラデーションになったワンピースでした。


「まぁ素敵!」
お母さんトラは目を輝かせました。
しかし、女の子はじっとそのワンピースを見つめたのち、やっぱり首を横に振りました。
そのあともマドルは、袖が花びらのようになってるワンピースなど、色々なアイデアを出しましたが、女の子はどれも気に入りませんでした。
「全然可愛くない。」
マドルはがっかりしました。
これ以上はもう何も思いつきません。


「ごめんなさいね。」
謝りながら、お母さんトラは女の子を連れて帰っていきました。
マドルはしょんぼりして親子を見送りました。


お店の中に戻ると、ルイーズがジャケットをヒラヒラさせながら待っていました。
「この間マドルがアイデア出したやつ、完成したよ。」
「…ありがとう。」
マドルは小さな声で言いました。
そんなマドルの様子を見て、ルイーズは尋ねました。
「何かあったの?」
「私…才能ないのかも。」
「え、どうしたの?急に。」


マドルはトラの親子のことを話しました。
「なんだい、そんなこと、お客ひとり満足させられなかっただけでしょ?」
ルイーズはやれやれとため息をつきました。


「才能ないなんてことないよ、でなきゃ私、とっくにここを出て行っているからね。」
ルイーズはぶっきらぼうにそう言いました。
元々そういう性格でしたが、このときは励まそうとしてくれていることがマドルには伝わりました。


「だいたい、いつもお店を開けて、働きすぎなんだよ。たまには休もうよ。」
こんなときに休むなんて…、とマドルは思いましたが、そのときはルイーズの言う通りにすることにしました。


『しばらくお休みします』
ブティックに張り紙をして、マドルは街に出かけて行きました。


ゆっくり街を歩くのは久しぶりでした。
休めと言われても何をしたらいいか分からなかったマドルは、とりあえずカフェに入りました。
ホットコーヒーをオーダーして、テラス席に座って街ゆく人を眺めていました。
寒い街を行き交う人々は、みな厚手のコートにマフラーをしています。


どんなワンピースならあの子は気にいるだろう。
気づけばマドルは、なにかヒントはないかと人々の洋服ばかり見ていました。
「いけないいけない、今日は休まなくちゃ。」
自分に言い聞かせるようにして、マドルはカフェを後にして歩き始めました。


再び街を歩いていると、ふと、角の花屋さんが目に入りました。
コスモスってもしかして、私が知らない色もあるのかなぁ。
マドルは花屋を覗いてみました。
色とりどりの花が、きちんと並べられてこちらを向いています。
「いけないいけない、また考えちゃった。」


マドルは家に帰りました。
ベッドに横たわると、どっと疲れが出てきたように感じます。
ルイーズの言う通り、たしかにマドルはここのところ働き詰めでした。
目を瞑ると、風にそよぐコスモスが浮かんできます。
「いやでも考えちゃうなぁ。」
あれでもない、これでもない、と頭の中でワンピースを想像しては消していきます。
それからマドルはウトウトとし、やがて眠りました。



コンコンコンッ
ルイーズがドアを開けると、息を弾ませたマドルが立っていました。
「なんだい、せっかく休みにしたのに。」
ルイーズは半ば呆れたように言いました。
「このワンピースを、今すぐ作ってほしいの。お願い。」
マドルはそう言って、ワンピースが描かれた紙をルイーズに手渡しました。
ルイーズはしばらくじっとそれを見ていましたが、やがて
「やっぱりあんたは、天才だよ。」
と言って笑いました。


それは薄い緑色のワンピースでした。
浅緑の地のワンピースの胸元には、淡いピンクや白、黄色など、色とりどりのコスモスがたくさん刺繍されています。
まるで、空に向かって咲くコスモスのようでした。


マドルはブティックを開けると、マネキンにそのワンピースを着せて、店頭のショールームに飾りました。
『コスモスのワンピース』
トラの親子に見つけてもらえるよう、そう名付けました。


ソワソワしながらマドルが店内から外を見ていると、あのトラの親子が通りかかりました。
女の子はワンピースを見つけると、じっくりとそれを眺めました。
声は聞こえませんでしたが、お母さんはなにやら女の子に話しかけています。
マドルはドギマギして、その様子を見守っていました。
やがて女の子はワンピースを指差し、にっこりと笑いました。
トラの親子がお店に入ってきます。


「いらっしゃいませ。」


おしまい

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