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創作童話『床下の世界』


とある王国のお話です。
王様の住む宮殿の大広間には、天井まで届く長い長い螺旋階段がありました。
その階段を登り切ると、屋上にある天文台に行けるのでした。



さて、天文台に辿り着く手前、103段目の階段は、金色に塗られていました。
おまけに、外側の手すりはその階段の部分だけ外されていて、飛び降りられるような仕様になっています。
というのも、その螺旋階段の103段目からまっすぐ床に飛び降りると、別の世界に行けると信じられていたからです。
そこは、床下の世界と呼ばれていました。
一度床下の世界に行くとこちらには戻って来られないため、恐れる人が多くいましたが、意を決して飛び降りる人もいました。



しかし、段数を数え間違えて飛び降り、死んでしまう人が後を絶たなかったため、王様は家来に103段目が一目で分かるように、と命じたのです。
それからは、飛び降りて死ぬ人はいなくなりました。
103段目から飛び降りると、あら不思議、その人は床に吸い込まれるようにして消えていくのです。
床下の世界は、たしかにありました。
誰も見たことがなかったため、様々な噂が飛び交いました。
天国のように素晴らしい、いやいや、この世のものとは思えないような怪物が住んでいる、などです。
飛び降りるのは、こちらの世界に疲れ果てた人々ばかりでした。



ルーカスとエマは、そんな国で出会いました。
ルーカスは次の王様になる王子様で、エマは侍女でした。
年頃が同じ二人は、幼い頃はいつも一緒に遊んでいました。
やがて成長すると、大人たちは二人を引き離すようになりました。
身分違いの二人が駆け落ちでもしようものなら、大騒ぎだからです。
しかし、それはもう手遅れのことでした。
二人はとうに惹かれあっていて、お互いの気持ちも知っていました。
エマは自分の身分を承知で応じないつもりでしたが、ルーカスはエマに結婚を申し込んでいました。



そのことを知った王様は大激怒しました。
ルーカスを呼び出して、エマを追放か、ひどければ処刑すると言い渡したのです。
ルーカスは跪いて許しを乞いました。
何でも言うことを聞くので、エマには手を出さないでください、とお願いしました。
王様はそれなら、と、他国の姫君を招集するのでその中から必ず結婚相手を決めるように、とルーカスに約束させました。
明日は、いよいよお姫様たちが集まる日でした。



その晩、ルーカスはこっそりとエマを呼び出しました。
二人で一緒に、国から逃げ出すつもりでした。
「遠くへ行って、二人で暮らそう。」
しかし、馬を準備しているところで、守衛に見つかってしまいました。
二人は急いで逃げ出しましたが、大広間まで追い詰められてしまいました。
ハッと思いつき、ルーカスはエマの手を引いて螺旋階段を駆け上がりました。



「床下の世界へ行こう!」
階段を駆け上りながらルーカスが言いました。
「そんな、私、怖いわ!」
「大丈夫。一緒なら、どんな世界でもやっていけるよ。」
103段目、黄金の階段に辿り着きました。
「エマ、いいね?」
ルーカスは真っ直ぐにエマを見つめて言いました。
守衛たちが階段を駆け上がってくる声がします。
もう時間はありませんでした。
エマは決心し、コクリと頷きました。
ルーカスはエマを抱きしめると、えい、と103段目から飛び降りました。



二人は床に吸い込まれることなく、そのまま死んでしまいました。
広く知られていませんでしたが、床下の世界に行くには、一人で飛び降りないとならないのでした。



葬儀が厳かに執り行われ、王様はひどく嘆きました。
そして、螺旋階段を壊すように命じたのです。



床下の世界への入り口は、それ以来永遠に閉ざされました。


おしまい

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