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創作童話『雨上がりの日に』


「花が散ってしまうのは、悲しいね。」
足元に広がる無数の花びらを見て、ナナは言いました。
昨日降った雨で、せっかく咲いた白木蓮の花もほとんどが散ってしまっていました。
雨上がりの街はまだどこか生暖かい湿った空気が残っていて、まとわりつくようでした。
「そう?風情があって、これはこれでいいと思うけど。」
「風情って、なに?」
ヒカルはどう説明しようかしばらく悩んで、言いました。
「こういう儚いもののことを、風情っていうんだよ。」
「ふーん。」
そう言われても、踏まれてアスファルトに張り付いた白い花びらは、無性にナナを切ない気持ちにさせました。




「この花びらたちを集めて、元のような形にして、大きな花束を作りたいな。」
「へぇ。」
「それで、私の部屋にずっと飾っておくの。」
「でも、いつかは色も変わって、枯れちゃうよ。」
「え?」
「そりゃあそうでしょ。一度は散ってるんだから。」
「そんな悲しいこと、言わないでよ。」
「ごめん。でも本当のことだからさ。」




せっかくの思いつきをあっけなく否定されて、ナナの心もヒラヒラと散っていくようでした。
ナナより五つも年上のヒカルの言うことは、いつも正しいことのように思えました。
けれどもそれは、時によってナナを苦しめました。
二人の間にしばらく沈黙が流れました。




「ずっと、咲いていたらいいのに。」
ポツリ、とナナが言いました。
「どうして散ってしまうんだろう。」
「終わりがあるから、綺麗なんじゃないかな。」
「そんなこと、ある?」
「ずっと咲いていたら、それが当たり前になって、飽きちゃうだろう?そのうちありがたみもなくなって、忘れられてしまうよ。」
ナナは黙って考えました。
「蕾が開いて、花になって、枯れていく、その過程があるから美しいんじゃないか。」
ヒカルはだんだん得意気になっていきました。
「物語も、音楽も、人生も、なんでもそう。始まりと終わりの過程を楽しむんだよ。終わりのないものなんて、つまらないよ。」




ナナは黙っていました。
なにか言い返したかったけれど、たしかに、宿題に終わりがなかったら嫌だな、とか、ケンカがずっと続いたら悲しいな、とか、次第にヒカルの言うことが正しいような気持ちになってきました。




それでもやはり、白木蓮は枯れずに咲いていてほしいし、大好きなお話は終わってほしくないし、両親も、ずっと仲良くして欲しかったのに。
終わりがあるから美しいなんて、嘘だ。
ナナはなんだか泣きそうになってきました。




「そろそろ行こうか。」
「うん。」
終わりがないものを見つけたら、ヒカルに教えてあげよう。
ナナはそう決めました。


おしまい

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