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創作童話『逃げる夢』 #シロクマ文芸部



逃げる夢ばかり見ます。
どうしてでしょう。
ナナミはため息をつきました。
最近、同じ夢を見ます。



追いかけてくるのは、手足のついた一粒のさくらんぼ。
顔もありました。笑っています。
軸をぴょこぴょこ揺らしながら走ってナナミを追いかけてくるのです。



ナナミはさくらんぼが苦手でした。
ゴワゴワした皮は食べづらいし、甘いのか甘くないのかハッキリしない味も好きではありませんでした。



さくらんぼの見た目は可愛らしいので怖くはありませんでしたが、逃げ続ける夢はあまり心地いいものではありませんでした。
どうして追いかけてくるのか、聞いてみよう。
そう決めて、その晩ナナミは眠りにつきました。



さて、夢の中。
いつも通り、逃げる場面から始まります。
さくらんぼは今日もニコニコしながらナナミを追いかけてきます。



ナナミは足を止めて、さくらんぼの方を振り返りました。
「ねぇ、どうしていつも追いかけてくるの?」
さくらんぼは、ナナミが立ち止まってくれたのが嬉しかったのか、ぱぁっと顔を綻ばせて答えました。
「ナナミちゃんと仲良くなりたかったの!」



「私はあなたのこと好きじゃないんだけど。」
ナナミは正直に答えました。
途端に、さくらんぼはしゅんとして悲しそうに俯きました。
「どうして?私、何かした?」
「美味しくないし、皮が食べにくいから。」
さくらんぼはポロポロと泣き出しました。
ナナミは少し申し訳ない気持ちになりましたが、嘘はつけませんでした。



「他の子のところへ行ってちょうだいよ。」
夢だからなのか、冷たい言葉ばかり出てきてしまいます。
「私はナナミちゃんと遊びたかっただけなの。でも、ナナミちゃんはいつもさくらんぼを残すから悲しくて。」
さくらんぼの可愛らしい瞳から涙が溢れます。
さすがに可哀想になり、ナナミはこう言いました。
「分かった。それならこれからは残さずに、私の部屋の窓辺にあなたを置くよ。そしたら鳥がやって来て、私の代わりに食べてくれるから。」
ナナミは約束しました。



「それだけじゃないよ。タンスの奥にあるさくらんぼのワンピース、一回も着てないでしょう。」
さくらんぼは問い詰めるように言いました。
どうしてそのことを知っているのでしょう。
たしかにナナミは、紺地にたくさんのさくらんぼが描かれたワンピースを持っていました。
「あれは貰い物だもん。苦手なのにさくらんぼのワンピースを着てたら、変じゃない。」



「ナナミちゃんとお出かけしたいのに、ずぅっとタンスの奥にしまわれてるから、悲しくて。」
さくらんぼはシクシクと泣き続けます。
「分かった。それならこれからは、家族とお出かけするときにあのワンピースを着るよ。そしたらあなたも色んな所に出かけられるから。」
ナナミはまた、約束しました。
さくらんぼは満足したのか、ニコッと笑顔になりました。



夢は、そこで終わりました。



その日は日曜日で、ナナミはお母さんとお買い物に行く予定でした。
約束通り、ナナミはタンスの奥から例のワンピースを引っ張り出しました。
紺色のワンピースは袖が膨らんでいて、ツヤツヤのさくらんぼがいくつも描かれています。
記憶していたよりもずっと可愛らしいワンピースです。
それは、ナナミによく似合いました。



お母さんとナナミは、お昼ご飯をレストランで食べました。
ナナミが注文したクリームソーダには、真っ赤なさくらんぼがちょこん、と乗っていました。
ナナミはこっそりそれをしまうと、家に持って帰りました。
そして約束通り、さくらんぼを部屋の窓辺にそっと置きました。



いつか、鳥がやって来て、種も一緒に遠くへ運んでくれるかな。
そしたらさくらんぼも寂しくないはず。
いつか、私もさくらんぼを食べられるようになるかな。



ナナミは窓辺に座りながらそんなことを考えました。



それからというもの、さくらんぼは夢に現れなくなりました。



おしまい


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今週も、小牧幸助さまの企画に参加させていただきました。


読んでいただきありがとうございました。


あむの

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