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飛行機は、いつ無人化するのか

飛行機は無人化するのだろうかなんて話を先日家に遊びにきた師匠とした。

ちょうど私の家がある街でデューティが終わって、DH(デッドヘッド:仕事のためにパイロットが客室に乗って移動すること。「Paxing」と言ったりもするが「死んだ頭」の方が言い得て妙だ。)でベースに戻る予定だったのを次の日に変えてもらったようだ。私も同じようにウェリントンに戻るDH便をキャンセルして自宅待機していた。ユニフォーム姿の師匠を迎えに言って、自宅へ送迎。私服に着替えてやっと一息。暗くなるまでだらだらと過ごす。

夜になり、妻が作ってくれたラムラック(羊の高い部分)の焼いたやつを肴に、少し前に日本で買ってきて取っておいた日本酒をあわせた。久々の日本酒は上品な香りで全く、よい。

パイロットが集まると、飛行機やフライトの話ばかりをしていると思うかもしれないが、そんなことはなくて、むしろフライトの話は避けるような印象さえある。私は新しい世界に入ったばかりで、色々と質問したいのだが、仕事を終えた直後の頭で「DME Arcのプロファイルモニター」やら「VNAVが外れる時のロジック」やら「カンパニーフィロソフィー」やらをくそ真面目に論議するのは疲れる。私もデューティが終わった後、ホテルに入ると今日のフライトの復習のためにノートをつけたいなと思うのだが、ベッドに倒れこむと、2度と起き上がってノートをつけるなんてことはできない、ので、よくわかる。

宴もたけなわになって、妻は翌日仕事なので先に寝、たわいない話をしてさてそろそろ寝ますかねとなったところでふと、冒頭のテーマを口にしたのだった。

私は、「最初の飛行機は5人とか6人乗りだったんですよね、それがだんだんと3人になり、コンピューターの恩恵を受けて今は2人になっているなら、例えばAIが発達したらいつかはパイロットはいなくなるかもしれませんね」なんて言ったのだが、師匠の意見は違った。

一人になることはあるかもしれないが、0人になることはちょっと考えにくい、とのことだった。私は、その後の師匠の話を聞いて、人の命を乗せた旅客機の先頭の座席に座ることの意味を、全くわかっていなかったと痛感した。

インストラクターをやっているときに常々疑問に思っていたのは、なぜ私よりも年齢も人生経験もひょっとしたら技量もすくない(と私が感じた)学生が、学校を卒業した後、サクサクとエアバスのレーティングを取って「エアラインパイロット」としてデビューし、何事もなくやっていけるのだろう、ということだった。彼らが私よりも努力していない、と言っている訳ではない。ニュージーランドと、アジア圏ではパイロットのキャリアパスが違うので、うちの学校を卒業して母国へ帰り、若くしてエアラインパイロットになる人の割合が、多く見えるのはむしろ当たり前なのだ。そういうのは全部わかった上で、彼らだって努力しているということも全部わかった上で、じゃぁなんで俺は、となってしまう。いかにも器の小さい感想だが、それが本当だ。インストラクターとして5年間もくすぶり続け、上司の評価は低く、一回一回の試験だって本当に限界まで準備しても「可」的な評価しかもらったことはないような私にとって、彼らのサクサク度合いは驚異的だった。私にとって、エアラインに合格することというのは非常に遠い目標なのに、なんで彼らはこれほど悠々とこの壁を越えていけるんだろう。

フェイスブックに会社のユニフォームで満面の笑みを浮かべてる若い人たちの写真をみて、一人の学生がキャリアを掴んだことに対する喝采とともに、羨ましさを感じていたものだ。エアラインパイロットって、そんなに簡単なものなのか?カッチョいいユニフォームを着て、東洋人がかぶるとキョンシーみたいな印象になる非日常的なデザインの帽子を被って、自分の身長ほどもある直径を持つエンジンの脇に立つ彼らを見て、失礼ながらも、本当に疑問に思っていた。

一度、今のエアラインに就職する1年くらい前に、違うエアラインの試験を受けたことがあった。これは香港の会社だったが、2日ある試験のうち、1日目のシムチェック、コンピュータ試験、グループワーク試験に通らないと2日の面接に進めないという厳しいもので、しかもフィードバックは一切なし。会社が手配してくれた高級酒店(ホテル)は香港國際駐機場に隣接していて、窓からでっかい777や330がひっきりなしに見える。そんな場所で面接する予定だった2日目が白紙になって、丸一日やることがなくなった。一緒に来た妻はホテルの部屋で泣いてるし、どの面下げてこの世に存在しろっていうのか。

少々脱線したが、上記のエアライン以外にも、モルディブの水上機の会社や、ニュージーランドのあらゆるチャーター会社、オーストラリアベースのエアラインなど、色々なところに応募したが、結果は全てNO。そういう経験もあって、どうやら私はパイロットとしての資質がもしかしたら本当に欠けているのかもしれないという気分によくなったものだ。だって、そうじゃなかったら、あんなに簡単そうに、楽しそうな新人パイロット達の写真が、フェイスブックにポコポコあがってくるはずがない。人には得手不得手があって、私はこんなに頑張ってコミットしているのに結果が出ないということは、彼らが得手としていることが私には不得手なのではないか。そうじゃなければ説明がつかないじゃないか。

今のエアラインに入ったあとでさえ、心のどこかでこの「俺ってパイロットやってていいのかね」という疑問は、バーベキュー後の炭の燃えかすのようにブスブスとくすぶり続けていた。消えたと思っていても、シミュレータトレーニングで結果が芳しくなかったりすると、途端に炭に火がつきそうになるわけだ。どうして結果が出なかったのか、という直接的な原因については、先回の記事の通り、解決していたが、そもそもの資質を自分自身が疑うという心理的傾向については、見て見ぬ振りをして来た。

でも、今回の師匠の、「飛行機は絶対に無人にするべきではない、なぜなら」という話を聞いて、ついにこの弱っちい心の動きを完全消火することができた。

その日、宴もたけなわになってさて寝るか、となった直前に、師匠は、Cabin Depressurisationした時の話、をしたのだった。

師匠「キャビン減圧しているってどうやってわかる?」

私「Cabin Pressureの警告灯がつきます。あとは、空気が漏れている音とか気圧の変化で耳が痛くなるとか」

師「そうだ、あの時も警告灯がついた、で、その次のアクションは?」

私「Rapid Depressurisation のメモリーアイテムです。」

メモリーアイテムとは、緊急事態時にパイロットがやるべき一連のアクションで、パイロットはこれを記憶(メモリー)して、いつでも正確にできなければならない。その後、QRHと呼ばれる本を開いて、その本を見ながら一つ一つスイッチを操作していく。メモリーアイテムは、急減圧やエンジン故障など、急を要する事象にQRH以前の最初の対策として設定される。現代の飛行機は二人乗りなので、この場合一人はPF(パイロットフライング)として飛行機を「飛ばす」事を担当し、もう一人はPM(パイロットモニタリング)として「事象の対策」を担当する。PFは飛行機を飛ばしつつ、PMに「Rapid Depressurization Memory Item」とオーダーすると、PMがあらかじめ頭に叩き込んである急減圧に対するメモリーアイテムを実施するのだ。

師「急減圧のメモリーアイテムなんだっけ」

私「Oxigen Mask On, 100%, Mike Switch Mask, Establish crew communication, "Attention Attention, This is the captain, Emergency Descent", Condition Lever max, Power lever Flight Idle, Airspeed, Vmoです。 」

師「そう、シムではそう習う。で、俺のFOもそれやろうとしたんだけど、、、」

私「まさか、急減圧でメモリーやらないなんてことは、、、」

師「やらなかった。」

シミュレータで散々やった急減圧のメモリーアイテム。酸素マスクをつけて、酸素濃度を確認し、キャビンにアナウンスを入れて最高速度で降下する。「急減圧が起こったら、急減圧のメモリーアイテムを実施する。」これは、会社が決めたルール(SOP: Standard Operation Procedure)だ。会社がルールを決めて、それにみんなが従うから、どのパイロットと飛んでも同じ品質を担保できるんじゃないのか。みんながみんな勝手なやり方をしたらまずいんじゃないか。

師「それはNormal Operationでの話。もちろん、SOPに対するDisciplineは絶対に必要で、できるだけそこから逸脱しないようにすることは大事。特にFOでいる間は、勝手な真似はしないほうがいい。Normal Operationでは、それこそロボットのように、毎回同じやり方で、しっかりとSOPに沿ったやり方を貫くべきた。」

私「はい。」

師「でも、Emergency Operationとなると、話は違う。ある緊急事態がどんな条件、状況で起こるのか、全てをシミュレータで再現することは不可能だから。例えば俺の時はこんな状況。」

私「・・・」

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