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西郷どん個人的総評②脚本と演出と物語の構造

まだまだ書き足りないので書いていくよ! 今回はドラマのフレームについて書いていきます。

西郷どんの物語の構造は非常にシンプル。斉彬の「侍が刀を腰に差して踏ん反り返っている時代は終わるんだ」という言葉を西郷(と大久保)が実現したという円環のドラマになります。

初回の最後の場面は、西郷終焉の地である城山。

糸さんの「うちの旦那さぁはこげな人じゃなか」→ではどういう人であったのか、という謎かけは、最終回で回収されることが示唆されていた。

また、ナレーションの西田敏行さんの締めの言葉が「今宵はここらでよかろうかい」であるのは西郷の「晋どん、もうここらでよか」に由来するものであることは明らかで、この最後の言葉を最終回は今まさに死なんとする西郷がナレに変わって口にすることもまた十分予想ができた。

さらに「翔ぶが如く」で西郷隆盛を演じた西田敏行さんがナレを担当することで、まるで死後の西郷が生前の自分を振り返るような、不思議な効果を醸し出しました。

残念ながらこの効果は、実はナレは西郷菊次郎であった!という驚天動地の(笑)変更があったことで霧消してしまうんですが、これらの仕掛けにより、西郷どんは始まりと終わりが明確に設定された、非常にクローズドなドラマになりました。

始まりと終わりが円環になって閉じているので、主人公の人生でいつ何が起こるかわかっている体なんですね。だから時間が淡々と進んでいく。

「西郷どんはペース配分を間違えた。明治編をもっと長くするべきだった」という意見が散見されましたが、私はそれはちょっと違うなあと思っていて、つまらないところも面白いところも同じペースで描くところが、このドラマの特徴であったと思います。

なぜそのようにしたのか。

というと、これは想像ですが、俳優に役を「生きさせる」ためだったのではないか。「生きながら描く」という手法による脚本と演出だったから、ドラマ的にあまり盛り上がらない難しい時期も、またものすごく歴史ドラマとして面白い時期も、同じ時間として同じペースで描いた。

この手法は、西郷どんが描こうとした「共感力(共感性)」に呼応した選択でした(共感力についてはこちらに書きました)。

相撲回の撮影では、役者さんたちに名門・早稲田相撲で稽古させ、取組みは役者間のアドリブというような手法がとられていたことがわかりますが、おそらく全編にわたって重要なシーンはそのように撮影されたであろうことが役者さんの言葉の端々からわかります。

それは役者から生まれるリアルな感情を重要なシーンに盛り込もうという演出と脚本の工夫で、結果、役者さんたちの熱演を引き出し、成功しました。

素晴らしいシーンがたくさんありましたね。鰻とか。鰻とか。大山さぁとか。

しかし、この「役者のリアルな感情を生かしてアドリブで撮る」シーンを「脚本の粗を役者がアドリブで補っている」と解釈する人が現れたのには、割と唖然としました。

共感性に共感できないと何もわからない仕掛けになっているので仕方ない部分もありますが…いやそれでもひどい言いがかりですけど(苦笑)。

この件に関わらず、とにかく西郷どんというドラマは「理解されない」ドラマでしたけれども、このドラマが描いた歴史観、「外圧ではなく、内圧、革命としての明治維新」という点についてもほとんど理解されないように感じました。

この歴史観は大河では多分西郷どんが初めてかな? 幕末大河の多くは明治維新を欧州列強の外圧によって変化を強制されたとする視点に立ち、日本を受け身の立場で描いてきましたから、根本である歴史観が異なれば、当然描かれるものは変わります。西郷どんで「チョイスが謎」と言われ続けた登場人物、扱う歴史的事件はこれまでとは異なる歴史観に沿って選ばれていたから謎だったと言えるでしょう。

この「革命としての明治維新」という視点は、ドラマ中の西郷の最大の特長である「共感性」と調和して、明治維新でもっとも重要なのは「四民平等」であるという結論を導き出します。

西郷どんですごくいいなあと思ったのは、この四民平等という理想が、「富国強兵」に途切れなくつながっていくところです。

教育と自由の権利を得るということは、国防の義務を分担することだという(我々にとっては)非常に苦い論理的帰結がある。しかし、武士である西郷にとって、誰もが望めば武士になれる、というのは栄誉の分配でもあるわけです。

そのように明治維新から70年後に日本を滅ぼす「富国強兵」への道すら、西郷どんは淡々と描写する。それを今、同じだけ昭和20年から未来の側に離れた我々が見ている、という構図には震えました。太平洋戦争を支点にして過去と未来を向かい合わせる。これは維新150周年ドラマにふさわしい趣向だったと言えるでしょう。

西郷隆盛という人物が、外圧を受けて立つ立場から明治維新を起こしたのではないという提示は、彼が変革者であったことを示しています。西郷どんは、変革者の動機として、持って生まれた共感力、斉彬の一種の呪いの言葉と、農民への同情と愛情を設定し、明治維新を自発的な変革と捉えた。

それにより、西郷どんは、日本が「被害者意識」であることを否定します。

近代の日本は欧州列強の被害者ではなく、自らを変えた変革者であるとう意識は非常に誇り高いもので、現代社会への批判も含めて、ちょっと大河というエンタメの枠を超えちゃったかな、というものでありました。

と、絶賛いたしましたが、私が好きだから持ち上げてるんじゃないんですよ。西郷どんの描いた歴史的事件を追っていくと、自然にそういう結論になるんですよ。こういう結論は、大声ではなく、こっそりわかる人にだけわかるように言うのがこれまた共感性なんですね。と、あまり共感性の高くない私が説明するの、ほんと気恥ずかしいです。でも大事なことだから書いておくぜ。

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