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映画 カセットテープ・ダイアリーズ 〜シェルターにもカタパルトにもなる音楽

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映画Blinded by the Light/カセットテープ・ダイアリーズ「ベッカムに恋して」のグリンダ・チャーダの最新作。東京国際映画祭2019にて鑑賞。すごく楽しい映画で今年ベスト級に好き。客席から何度も笑いが起きていた。
主人公は異国の偶像に触れて自分の現実と戦っていく。 時には歌がシェルターになって、新しいことに飛び込ませるカタパルトになる。ジャンル問わず誰かのファンなら響く映画です。
あらすじ、作品の時代背景とトークショーで語られた舞台の土地について・原作本・キャスト・個人の感想について書いています。


2020年4/17日本公開予定。老若男女にウケると思うし本当にいい映画だから一刻も早く公開して欲しい! https://movie.ponycanyon.co.jp/movie/00087.html

1,あらすじ

1987年のサッチャー政権下のイギリス。ロンドンから車で一時間くらいの街ルートンが舞台。人種差別や抑圧的な家庭、友人関係に悩む文才のあるパキスタン系イギリス人ムスリムの高校生がブルーススプリングスティーンの曲に励まされ、自分の夢を追い始める。
物語は主人公ジャヴィドが親友マットとともに10歳の誕生日を迎えたところから始まる。

「1980年秋。ぼくとマットは同じ誕生日だ。マットは新品の自転車、ぼくはルービックキューブをもらった。マットはいらない日記帳をぼくにくれたのでこれから毎日日記をつける。ロシアがアフガニスタンに侵攻して363日。madnessのBaggy Trousersがぼくの好きな曲」
そして高校生になりPet shop boysのIt’s a Sinをウォークマンで聞くジャヴィドが映される。夏休みあけ彼女ができバンドに入ったマットには見せた詩を憂鬱すぎると却下され続けていた。食堂でぼっち飯をしていたある日、以前廊下でぶつかったシーク教徒のループスが声をかけてくる。彼はスプリングスティーンのBorn in the U.S.AとBorn to Run(明日なき暴走)を勧める。その晩、そのカセットを聞いたジャヴィドは大きな衝撃を受け、再び詩を書きはじめる...

2,ブルース・スプリングスティーンとは?

アメリカのロック界を代表するシンガーソングライター・全世界で1億3000万枚以上のレコードの売り上げを記録している。愛称はThe Boss デビュー当初は第二のボブ・ディランと売り出されていた。社会的なテーマを取り込みアメリカの庶民の生活を歌ったキャラクター主導型の小説のような歌詞が特徴。
Blinded by the Light「光で目もくらみ」は商業的には振るわなかった彼のデビューシングル。

1980年「The River」,1984年「Born in the U.S.A」1987年「Tunnel of Love」で全米チャート1位。

Netflixに彼のブロードウェイ公演を収めたスプリングスティーン・オン・ブロードウェイがある。https://www.netflix.com/jp/title/80232329

個人的にはこの曲が一番好きになった

3.作品の時代背景

物語の舞台は1987年。

・1964−1990年 南アフリカ共和国でネルソン・マンデラ投獄
・1979−1990年 イギリスでマーガレット・サッチャー政権 失業率は第二次世界大戦以降最悪の数字を記録。サッチャリズム:新自由主義を掲げ、社会保障政策の支出の拡大を継続するとともに国営の電気、水道、ガスなどの事業民営化を進め公的事業の支出を減らした。また所得税を軽減し、消費税の増税をした。その減税は高所得者に有利に働き、低所得者の負担が増えたことから労働組合からの反発が強まり、ストライキが恒常化していた。インフレ抑制のために金利引き上げを行った。ロンドンの金融街が支配していた金融界も外国資本の参加を認めたがこの政策により市場を外国資本に奪われ国内企業が競争に破れた。

・1981年−1989年 アメリカ ロナルド・レーガン政権 レーガノミクス:失業に苦しんでいたアメリカを減税を行い家計の活性化を図った。規制緩和により市場経済の回復を狙った政策。社会保障費を縮小し軍事支出を拡大した。
ちなみにレーガンがBorn in the U.S.Aが好きだと言ったあとスプリングスティーンはライブで彼を貶した。(上映後トークショー情報)

・1985年 洗濯店を営むパキスタン系イギリス人の青年と極右団体に加盟した白人青年の恋愛を描く映画マイ・ビューティフル・ランドレッテが公開(HULUで観られる)   

・1987年7月にWM-501/F501/F502「新世代ウォークマン」標準価格25000円で発売。
同年発売されたWM503/504はは蓋が透明でカセットテープが全部見える製品。(初代ウォークマンの発売年は1979年。)
本作と同じ80年代ブリテン諸島を舞台にした映画に「シング・ストリート 未来へのうた」「リトル・ダンサー」などがある。

4.作品の背景

舞台となった土地ルートン トークショーに登壇したピーター・バラカン氏によると「ロンドンまで車で一時間ほどのベッドタウンのような街で、空港がありますがわざわざ用事がないかぎり行きません。僕も行ったことがないです。」Youtubeの製作陣のインタビュー動画のコメント欄に「80年代ルートンに住んでいたけど本当にこんな感じの街だった。人種差別もこの映画の中のように当たり前にあり、酷かった。」とコメントがあった。原作者のSarfraz Manzoorもインタビューで何度も「クソみたいな街」と言っているが主演のヴィヴェイク・カルラは「いい街ですてきな思い出をいくつも作った。」とのこと。

主人公ジャヴィドが通う高校は、”College”といわれるもの。2年制で専門的な勉強をし大学進学資格が得られる。私服登校。ドラマSkinsの舞台もこのCollege。

主人公ジャヴィドが妹の付き添いで行くDaytimeは夜で歩けないアジア系の若者のための音楽興行やパーティーを指す。Daytimeを描いた映画にリズ・アーメッドが監督した短編「Daytimer」がある。1999年、パキスタン系イギリス人の中学生が初めてのDaytime raveに参加した1日を描いたもの。

劇中何回かブルーススプリンティーンなんて古いぜと同級生が言う。ピーター_バラカン氏によるとスプリングスティーンは当時20代、30代の人が聴く音楽で高校生には馴染みがなかったのではとのこと。

5.原作

1972年生まれのThe Gardianにも寄稿する音楽ジャーナリスト・ドキュメンタリー作家Sarfraz Manzoorの自伝「Greetings from Bury Park Race,Religion, Rock’N’Roll」が原作。このタイトルはスプリングスティーンのアルバム(Greetings From Asbury Park)のもじり
原作は著者が大学の経済学部をでて無職になった23歳の頃、6年ぶりにルートンに帰り両親に会うところから始まる。登場人物の名前は作中より変更されている。現実では両親とはウルドゥー語でしか話さなかったらしい。
著者はゼイディー・スミスより3つ上の同世代。

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Sarfraz Manzoorとスプリングスティーン

6.キャスト

ジャヴィド役 ヴィヴェイク・カルラ 21歳

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演技の仕事は2回目で、映画は初出演にして主演。役に完璧にはまっていた。 次回作はダコタ・ブルー・リチャーズ(ライラの冒険)と共演.グリンダ・チャーダも一部ではエピソードを監督する19世紀インドの時代ドラマBeecham Houseと宇宙船に乗った30人の男女が新しき住処を探すホラーSF映画Voyagers.タイ・シェリダンとフィン・ホワイトヘッド、リリーローズ・ディップと共演の大予算映画.
一部でジェイク・ジレンホールとリズ・アーメッドの息子って言われるのも超わかるハンサム。終始美しかったけど夕日に照らされた横顔は特にやばかった。 複雑な恋愛映画でも見たいな。シャラメ並みに売れろ。

他著名なキャストにマットの父役のロブ・ブライドン、詩の才能を見出す教師役にハーレイ・アトウェル

7.スプリングスティーン側からの反応

「ベッカムに恋して」を超えるグリンダ・チャーダ監督最大ヒット作となった「Blinded by the Light」。製作の後押しとなった一因はスプリングスティーンの妻が「ベッカムに恋して」が好きだったからだそう。ニューヨークプレミアでスプリングスティーンは監督をハグとキスして、「僕に関心を持ってくれてありがとう」言った。 ロンドンのプレミアでは映画にとてもインスパイアされたので、自分のドキュメンタリー Western Stars ‘を自身で監督することにしたと監督に伝えた。
またスプリングスティーンの長年のマネージャー、ジョン・ランダウも「彼らは素晴らしい仕事をした。私たちはみんなこの映画が大好きだ」とVariety誌に語っている。

8.個人的な感想

正直一秒も忘れたくない位良い映画で、 曲聴いてテンション上がって嵐の夜に窓開けちゃうシーンとか親友の好きな音楽をディスって友情が危うくなるシーンも歌詞を御守りにするのも響いた。冒頭の幼い頃のシーンからジャヴィドは日記をつけるときに時事問題も記入している。彼のジャーナリストの才能を見せるのに上手い演出だと思った。親と大ゲンカして家出しようとしても車のエンジンがかからないシーンとか思い通りにならない時の演出が絶妙なリアリティでよかった。作品世界がずっと主人公の味方でいるわけではない。彼の文章を称える人もいれば終始クソだなという人もいる。
だんだん聴いている音楽が主人公の帰属になって行き、音楽の趣味の合う友人と一緒にいる時間が増えバンドを組んだ幼馴染とは距離ができていく。 だがそれをスプリングスティーンの曲とユーモアで明るく中和しているのが上手い。
ユダヤ人を見習え!ジョークのあのお父さん傍から見てるぶんには面白いけど実際家族ならわたしもあんたの息子は嫌だ!っていうと思う。
ベッカムに恋してもそうだったけどグリンダ・チャーダの映画は移民の子が普通に恋して好きなことに打ち込んで友情に悩むから好き。日本でも外国ルーツのキャラが主人公で”ストラグル”ものでも片言面白要員でもない青春映画が作られてほしいと思った。自分の進む道の背中を押してくれたような映画。早く人と語りたいし、見た人のジャヴィドにとってのスプリングスティーンのようなアーティストをひたすら聞きたい。他の土地の音楽を聴いて初めてきらってる自分の街への愛着を確認したり、dickheadsに負けねぇ!と気持ちを立て直すのはとても見に覚えがあったのですごく共感した。ジャヴィドはなんで白人のおっさんの音楽を聴くんだ?的なことを何回も言われるけど自分の状況に沿う曲を思い浮かべてレイシストの攻撃や父親からの抑圧を耐えていく。
スプリングスティーンは知らなかったけど“俺たち根無し草は 走り続けるしかない””夢を叶えるには現実を生きなければならない”は響いた。祖父と孫で見に行けるフィールグッド映画。
真夜中外に出てthe promised landをウォークマンで聴くジャヴィドの背後の建物に”take a knife and cut this pain from my heart”のプロジェクションマッピングが映る演出が特に好き。音楽好きのティーンなら真夜中のMVごっこは絶対やるから。この映画のヴィジュアルで良いと思ったのは遠い国の音楽が自分の現実に重なる心情を表現した嵐の夜、建物の壁に歌詞が映るプロジェクションマッピング。それと、高校のエキストラの子たちのスリラーのマイケル・ジャクソン風のジャケット、How will I knowのホイットニー風のヘアメイク、ソルトNペパ風の極彩色ウィンドブレーカーとかチョーカーつけてる男子とかその子たちが聴いてる音楽が伝わる服装も目に楽しい。もう一度見返して確認したい。舞台化しても成功する話だと思う。主人公の行動は聖地巡礼するタイプのオタクとか本を読んだら参考文献もディグる人も共感できると思う。見たあと何日も余韻が続いている。

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