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俺の本棚から一冊

 私事ではあるが、先日退職した。それからしばらくの間は退職後の諸手続きや求職活動を除けば酒を飲むかネットサーフィンをするかの日々であったが、さすがに飽きた。これを機に求職活動をする傍ら空いた時間で本を読むことにした。

1.『町の忘れもの』なぎら健壱 2012年/ちくま新書

 たまに散歩をする。古い民家やアパートやビルを眺めながら「へぇーっ」と呟きながら歩く。外壁や庇が傷んでいる様や、ごみ屋敷の郵便受けからはみ出した宅配物の束、民家の庭に置いていある植木鉢や置物、放置されて崩壊を待つ空き家、割れたビルの窓に張り付けられた真新しいポスター、自ずと出てしまう建物の個性の香りに「へぇーっ」と唸ってしまう。
 街並みを観察しながら、何故こんなになるまで放置していたのだろうか、ポスターを張る前に窓を直せよ等々、時間と体力が続く限り「へぇーっ」と唸ったり文句を呟き続ける散歩が好きなのだ。キョロキョロと頭を動かしブツブツと独り言ちる私は不審者に見えるだろう。散歩は一人で行うに限る。

放置されているモノを見つけると嬉しくなる


 本書は著者が町で見つけたモノの写真とそれにまつわるエッセイで構成されている。読み進めていると、紹介されている街並みの風景だけではなく、懐かしさや寂しさも想起させる。昔はこんなのあったよなあ、なんか映画で見たことあるぞと思わず口にしてしまうような、昭和という時代に取り残された様々なモノにまつわる著者の思い出を読みながら、読者は訪れたことのない街並みの匂いを疑似体験するであろう。
 本書が発売されたのが10年ぐらい前だから、エッセイに載っていた風景やモノの大半はもう残ってないかもしれない。
 時間が経てば思い出の風景やいつもの風景が色んな事情で無くなったり変わってしまう。苦々しく思いつつも否応なしに変化を受けれた我々の日常はダラダラと続く。それがいつのまにか当たり前の風景になってしまうと、以前の様子はもう思い出せない。そういうモンだろうと思うけれど、ちょっと惜しい気もする。私は本書を読んでノスタルジーとは寂しさであると知った。

 そういえば、ついこの前に大学時代に通っていた居酒屋が無くなっていたのを知ったのはショックだったなあ。ただの閉店ではなくて、建物自体がなくなって更地になっていたんだもの。懐かしい思い出の風景が一つ消えてしまった。
凄い残念である。



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