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母の死と僕の後悔

駅の人混みに紛れて小さくなっていく僕たちの後ろ姿は母の目にどのように映っていただろうか。
ダンボールに柿を詰めながらどんなことを考えていたのだろうか。
いなくなって初めて、どんな気持ちだったのか?と想像を巡らせては後悔だけが募っている。


母から毎年送られてくる実家の柿。
今年のものは形も良く、艶やかな色をしていた。
「いつもは枝も結構ついているのに、今年は綺麗にカットされてるね」
ダンボールを開けた妻がつぶやいた。
常に人を気遣う一方、かなりズボラな母なのだが、今年の柿はまるで整列した小学生のように整然と並んでいた。


2週間ほど前、帰省した際に、妻、母、姉家族で食事をした。
待ち合わせに最初に到着したのは母だった。
齢70を超えている母。
会うたびに小さくなっているように感じる。どうやら数時間前に最寄りの駅に着いていたようだ。
最近、足が悪くなってきたと言っていたが、迷惑をかけないよう早めにきていたのだろうか。


久々の再会も母との会話はいつもそっけない。
無意識にそうなってしまう。
一般的には中年と言われる自分も、母親の前では反抗期の癖が抜けない。


今回はうちらにご馳走させて欲しいと頼んでいた。
自分が会計を済ませていると、母は妻に何かを渡していた。
どうやら自分と妻にお小遣いを包んでいたようだ。
自分たちにお金を渡すより、自分に使って欲しい。
いつもそう思うのだが、母はどうしても渡したいようだ。
帰省の度に恥ずかしながらそんな母の気持ちに甘えてしまっている。


そんな食事のシーンを思い出しながら、柿を眺めていたら姉からすぐに連絡しろとの知らせが入った。
なぜか背中に寒気を感じた。
電話をすると、姉の声はいつになく震えていた。

母が突然亡くなった。。。

急な話だった。
普通だったら言葉を失ったり、嘘だ!と叫んだりするのだろう。
しかし、なぜか冷静に受け止めていた。
とにかく明日、飛行機で戻る、そう言って電話を切った。


2週間ぶりという今までにない短いインターバルの再会だった。
今日の母は安らかな顔をしていた。
買い物中、急に大動脈が破裂し、病院へ運ばれたものの、間に合わなかった。

認知症の父の介護で大変な思いをした母は、
「死ぬ時にはお前たちには迷惑かけたくない」
と常々言っていた。
言葉の通り、ぽっくりと逝ってしまった。


葬儀や親戚への連絡など慌ただしくことが進んでいく。
父の時には母が葬儀のことは全部手配していたので、葬儀に関わるのは初めてだった。
葬式の日程や段取り、親戚への連絡、祭壇を置くスペースを作るための家の掃除…
事務的に進んでいく葬儀の手続きのおかげで、何か冷静さを保てる気がした。
あっという間に1日がすぎ、灯りのついていない閑散とした実家に戻ってきた。


気づけば、昨日から全く涙が出ていない。
人の死で悲しむということがなくなってきている。
ここ数年でたくさんの家族や仲間を失い、その度に、少しずつ固まってきた自分なりの死生観。

人は死によって自由になる。
生きているうちは肉体があるから空間的な制限がある。
死により、肉体から離れれば、いつでもどこでも自由に飛び回ることができる。
この現実世界で見ることはできなくても、死んだ人はいつでもそばにいる。

だから僕らは手を合わせる。
その瞬間、すぐそこにある魂のような存在とつながる。
こちらからの思いや願いは一方通行だけれども、その存在は常に僕らを見守ってくれている…


母の存在に想いを馳せながら、今日は母の寝床で寝ることにした。
それはそれは寂しいものだった。
薄っぺらいクッションを敷布団代わりにしており、ほぼ畳の上に寝ているようなものだった。
「どうせお父さんに夜中起こされるから布団はいいのよ」
そう言いながら母は何年も父の介護をしていた。
そんな父は数年前に亡くなっている。
だが、母はクッションを敷布団に替えることはなかった。


寝っ転がりながら母とのラインのやりとりを見直す。
「ラブちゃんの写真送ってね。」
愛犬のラブのことは僕らの子供のようにいつも心配してくれていた。
それなのに、僕は写真を全く送っていなかった。
他にも母からは自分や妻の健康を伺うメッセージをくれていた。

なのに…
なんでこんなにそっけなかったんだ。。。


やっと涙が出てくる。
それは悲しみではなく、自分が母に対してできなかったこと、気づけなかったことに対する後悔の念。
何度も何度もタイムラインを見直し、自分を責める。


はたして僕は母を安心させられたのだろうか。
迷惑ばっかかけていたんではないだろうか。
母ちゃん本当にごめん。


今僕にできることはなんだろう。
母は僕に何を望んでいただろう。
考えよう。
立ち止まらずに動いてみよう。
手を合わせるたびに報告して、安心させてあげよう。

そう誓い、僕は深い眠りについた。

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