05. 家出娘①(She's Leaving Home)
ママにはもう、ほとほとうんざりせいせいだ。
口を開けば勉強、勉強。やたらしつけに厳しくて、門限なんか夕方十八時。以降の外出は固く禁じられているし、そもそもそれ以前の外出だって不自由だ。いちいち行き先を告げなくちゃいけなくて、暇さえあれば「送り迎え」と称して外までついてくる。わたしが変な子と付き合っていないか、チェックをするためだ。
でも大丈夫。
わたしは真っ直ぐすくすく育ったから。悪い友達どころか、普通の友達だってろくにいない。塾にピアノにお習字水泳。暇さえあれば勉強ばかりしていたから、成績はいつも学年トップクラス。おかげさまで東京でも悪くない大学に合格出来た。さすがのママも、そこへの進学には反対できなかった。
つまり、この家とはおサラバってこと。
ママは涙を流し泣いてくれている。けど、それが離れ離れになる寂しさからくる涙でないことを、わたしは知っている。ママは単純に、自分の手から娘が離れるのが怖いのだ。支配欲というか、独占欲というか。手塩にかけて育てたペットに逃げられる。きっとそんな感覚なのだろう。
それよりむしろ、可哀想なのはパパの方だ。わたしが去り、癇癪持ちのママと二人きり。毎日ギスギスイガイガ。さぞ肩身の狭いことだろう。ひょっとしたら熟年離婚だってあり得るかもしれない。
まあ、気にしないでおこう。
わたしはもはや、この家を出て行くのだから。
長期休みは戻ってきなさいよ、というママの必死の懇願に、わたしは笑顔で返事をする。顔じゅう満面の、お面のような笑み。予定が合えば帰ってくる。行ければ行く、行けたら行く。もちろん、わたしの気が向いたらね。
そんな風にして、わたしは狭い鳥籠の中を出た。
憧れの東京、憧れの一人暮らし。
狭い鳥籠の外で吸う空気は、わたしのことを信じられないほど幸せにした。
そして同時に、信じられないほど不安にも。
(to be continued)
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