『ハニーディッパー』(桃萌)

パンにピーナッツバターを塗ることに幸せを感じられるようになりたい。

パンが焼けるのを待って、こんがり焼けてることを確認して、ピーナッツバターをすくうためのスプーンを用意して、はしっこの部分までていねいにそのどろどろを塗るためには、ゆっくり生きている必要があるから。ふわっとしたゆっくりないつもに、幸せを感じられたら。

チーズを1枚乗せてオーブントースターにまかせるのもシンプルでいいけど、ちょうどいい小麦色の焦げ目をミルクチョコレートみたいな色のかたまりで塗りつぶすことには、おとなのお絵描きじゃ満たせないよろこびがある。これからわたしが口にいれる予定のたべものが、もっと均一で、もっと甘くて、もっと良いものになりますように。ピーナッツバターをていねいに塗ることは、おまじないをかけることに似てる。

料理のしあげにかける「おいしくなりますように」みたいな、ほんの小さなおまじない。ほんとうにおいしくなるかなんて誰も知らないけど、でも、おまじないがうまくかかるように、いつもより少しだけていねいになると思う。ピーナッツバターを、ゆっくりていねいに、ゆっくりていねいに塗ることは、「おいしくなりますように」といっしょだ。

ピーナッツバター越しにパンをなでるジャリジャリはなめらかな愛情で、その愛情がゆっくりとパンを蝕んでゆく。それが侵食なのか共存なのか、飲み込んでみないとわからない。もしかしたら気付かぬ依存かもしれないし、ほどよい相殺かもしれない。

そうだ、ハニーディッパーではちみつをすくうような人生がいい。はちみつのために、はちみつをすくうためのものを使えるていねいさとやさしさ。適材適所に準拠して、デザートスプーンはバニラアイスを食べるためにとっておく。ハニーディッパーではちみつを絡め取って、紅茶の中に落とす。それからティースプーンで、はちみつが溶けるまでていねいにくるくるとかき混ぜるような。

たとえどんなに行程が多くても、レイアウトされたそれらを規定通りに、ゆっくりていねいに、「おいしくなりますように」のおまじないをかけるように、愛することができたなら。
わたしのまいにちは、おいしい幸せによって満たすことができるだろう。

中西桃萌

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