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写真の部屋

人類全員が写真を撮るような時代。「写真を撮ること」「見ること」についての話をします。
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#自分

心がロコモコする:写真の部屋

私は30歳くらいまで「引きこもりのインドア人間」でした。広告のアートディレクターをしていたのですが、当時はわざわざスタジオで撮るアイデアばかりを提案していて、なぜかロケは避けていました。出不精だったのです。今はデブ性ですが。パワハラじみたオヤジギャグはさておき。 広告の仕事では自分がロケーションを決めるときもあるのですが、「ここでこういう撮影をする」というのが先に決まっていることもあります。そうなると行かざるを得ません。そこで「ロケって楽しいじゃん」と、10年遅れくらいの発

子どもや犬を撮る:写真の部屋

写真を撮るうえで大事なことはたくさんあります。定期購読メンバーの皆さんと考えていきましょう。例題は「子どもや犬を撮る」です。

二枚の写真:写真の部屋

空港での待ち時間は子どもにとっては辛いもの。大人もそうですが。ビデオゲームをやっている子どもを撮りましたが、実はこの前に、もう一枚撮っています。 それがこちら。

メイプルソープを紐解く:写真の部屋

やっていないことを語る見本をソーシャルメディアでは日々見ることができます。やりたいけどやれない、そうしたいんだけどできない理由があるんです、という言い訳とワンセットであらわれます。何度かここにも書いたことがありますが、私はロシアの知らないおばちゃんから「私は足が悪いので、あなたの写真を見て自分も旅に行ったように楽しんでいる」とメッセージをもらったことがあります。 様々な理由で、できることとできないことがあるでしょう。それは仕方のないことです。小さな子を育てている人が自分が行

70人のクラス:写真の部屋

「70人いるクラスで、ずっとひとりの友だちとしか話していない。それでクラス全体を知っていることになるでしょうか」 という話を友人とよくしていました。わかると思いますが、70人というのは世界の人口の比喩です。「ひとり」は日本の人口。「自分の身の周りもたいして知らないくせに、何が外の世界じゃ。たわけ者が」というのが古くからの日本のメンタリティであり、別に外の世界を知らなくてもいい、という自己弁護にも使われてきました。 この写真はテキサス州、Marfaで撮影したものです。Mar

冒険前夜:写真の部屋

ソーシャルメディアは単独では存在していません。「そこでの振る舞い」なんていうものはなく、その人の生き方がそのままあらわれるだけです。 近所の海岸を散歩しながら砂浜に咲いた花の写真をアップしているミュージシャンがいて、そこに「次の曲を作ろう」とキャプションが書いてあったとき、その人が音楽を生む瞬間を知ることができます。ラーメンを食べていてもいいし、ジョギングしている写真でもいい。今まではできあがった音楽が完成品の状態で我々の目の前にあらわれていたわけですが、それ以前の何かを生

三度目のウンチ

4年前に初めての本を出し、先月末に二冊目が出ました。出た、って言い方はどうなんですかね。小学生がウンチの話をしているくらい幼稚ですね。上梓とか出版とか刊行とかリリースとか色々な表現があるんですが、出版や刊行は出版社が主体であるような気がするので私が言うのは違います。上梓というのは、昔、梓の木で版を作っていたからだそうですが、今回の本は木版は使わず、デジタル作業がメインのはずですからしっくり来ません。 下品な言い方で恐縮ですが「考え」というのは排泄物のようなものですから、ウン

次に書く本と、鳥の子育て。

「最近、鳥の子育て動画ばかり見ている」という投稿をしているのですが、反応が極めて薄いのが残念です。皆さんちゃんと見たことがあるのだろうか、と涙ぐむ思いです。親鳥が与える餌である虫や小さなトカゲなどの見た目に拒否反応があるのかもしれませんが、それは私たちが日々食べている肉や魚も同じことです。 まず、巣の中の雛鳥はまだ目が見えていません。親が戻ってきた気配を感じて大きな口を開けてピーピー騒ぐのですが、親は雛鳥の口に割と乱暴に餌を突っ込みます。そんなに大きなものを飲み込めるのか、

黙殺への鈍感:写真の部屋

「毎日、何気なく撮っていますけど、あとでこれを見るとバレンタインの頃だったのかとわかります。写真は記憶と記録だけでいいと思っているので『表現をしたい』という、目的を持った自己顕示欲の気持ち悪さからいかに自由になれるかだけを考えています」 と、今日Twitterなどに投稿しました。 短い文章では簡単に説明できないので補足しておくと、自分のやりたいことを「表現する」というのは遥か先にある、という事実についてです。 表現というのは「新星の発見」だと思っています。価値のある表現

本日発売になりました:写真の部屋

写真に限らず、どんなことでも「自分が好きなようにやっていいのだ」と思っています。それを本の中では創造の100%の自由と書きましたが、どこかに「うまく撮ろう」とか「人から気に入られる写真を撮ろう」という邪念が働いてしまうものです。そこから自由になって欲しいと思って書きました。 あなたが撮りたい、愛するモノ、それは何でもいいのです。高級ホテルのアフタヌーンティでなくてもいいし、ナイトプールじゃなくてもいい。他人の価値観に耳を傾けず、自分が好きなものに自信を持って欲しい、と思って