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Mという男。

何年も会っていない友人「M」からメールが届いた。

その名前を見た瞬間、多くの複雑な感情が一気に押し寄せてきた。彼は感情がむき出しになりやすく、敵も味方も多いタイプだった。俺はそこまで自分をさらけ出せる人が珍しいというか羨ましいというか、そんな気持ちで昔から遠巻きに眺めていた。

つねに他人をよくない状況に巻き込み、ギリシャ悲劇でも演じるかのような振る舞い。こちらの気持ちに余裕がないときは疲れてしまう。ごく普通の日常生活に彼が登場するといらいらさせられるのだ。

彼がどんな仕事で生計を立てているのかはあまり知られていなかった。「あの人って、何をして暮らしているんだろうね」というのが我々の決まり文句だったから。

五年ほど前に外国に引っ越したらしいという噂が、「M」についての最後の記憶だ。違うかな。それより少し後に、別の友人がSNSに載せていた写真で彼を見たのが最後かもしれない。

イビサかどこかの島で撮られたと思われる写真。海が見えるレストランで数人が食事をしている何でもない写真だったが、奥の方にいる男性に見覚えがあった。なぜだか知らないけど心がざわっとした。

「彼は今も世界のどこかで生きている」というただそれだけの事実に、俺の脳は警戒信号を発したのだ。

彼はエキセントリックなだけで、特に誰かに大きな迷惑をかけたという話も聞かなかった。ただ「M」が近くにいると思うと落ち着かなくて怖い、という女性がいた。俺が以前付き合っていた女性だけど、彼女は俺と知り合う前から彼のことを知っていた。つまり彼は俺たちの共通の知人だったわけだ。

誰かのパーティがあるから一緒に行こうか、と彼女に聞くとだいたい「M」も来るのかな、と質問された。

不思議なんだけど知人の女性たちは皆そう聞くらしい。彼が来るからパーティに行きたくないとか、一緒にいるのが嫌だとか、そういうことではなく、ただその場に彼がいるかどうかだけを皆が気にする。もしかしたら先天的な主役タイプなのかもしれない。

「M」から来た数年ぶりのメールにはこんなことが書かれていた。

ご無沙汰しています。君の昔のパートナーの訃報を聞いてメールしました。僕たち三人は偶然知り合いだったけど、それほど多くは会っていないよね。でも君も彼女も僕の記憶の中で大きな意味を持っていました。このメールでは言わなくてもいいことを書くかもしれないんだけど、書かないと僕がすっきりしないのでごめんなさい。

書き出しからして、「M」の勝手なナルシシズムがよくわかった。俺はこの告白が「電子メール」であってくれてよかったと感じた。彼の左手がペンを持って書いたことが伝わってしまう手書きの手紙だったら、より現実味があったと思うからだ。

俺は「M」が彼女の話を、彼女が「M」の話をするのがどちらもあまり好きじゃなかった。嫉妬ではなく疎外感だろう。俺はあまり嫉妬深い方じゃないと思っているんだけど、「M」は明らかにそれを言ったら俺の感情が動くだろうとわかっていて話したから、その狡猾さに腹が立つ。

知っていたかどうかわからないけど、彼女にはひとつ年上のお姉さんがいる。君は会ったことあるかな。子供の頃に親の都合で姉妹は別々に育てられたんだけど、僕は偶然外国でお姉さんに会ったんだよ。お姉さんは彼女が亡くなったことも知らなかった。血が繋がっているのに可哀相だよね。

パソコンの画面をスクロールするごとに湧き出してくる嫌な予感は何だろうか。思えば「M」はわざと彼女について俺が知らないことばかりを選んで話しているような気がしてきた。いわゆるマウンティングだろう。

俺は何も想像したくないので、「M」にも彼女にも、俺と知り合う前にどういう関係だったのかなどは一切聞かなかった。

冷たいようだけど俺には今、妻も子供もいるから、この話に登場する人物が何をしていようが、生きていようが死んでいようが、過去の亡霊たちに悩まされたくはなかった。

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ワタナベアニ

写真家・アートディレクター。着ぐるみの中は繊細です。1964年生まれ。現在「ロバート・ツルッパゲとの対話」出版準備中。

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