自分がコンテンツの生々しい話。free

毎日、コンテンツのことを考えている。

仕事ではなくて「自分というコンテンツ」について。昔は皆がセルフプロデュースという言葉を使っていたように思う。SNSが素晴らしいのは、あらかじめテイストが合う人をお互いにセグメントできる点だ。だからこそFacebookにおける「友達」という訳語はもう少し気の利いたモノにして欲しいと感じている。

気の合う仲間が見つかると、そこで何かが起きる。ここで何も起きないとSNSは最悪の井戸端会議になってしまうことになる。起こることは大プロジェクトである必要はなく、どんなに些細なことでもいい。でもそれが「起こり得る」小さなスイッチをインターネットが全員に手渡してくれたことに我々は感謝すべきだ。

たとえば俺の仕事で言うと、モデルの写真を撮った時にアップする。それをモデル本人がシェアする。別のモデルからコメントがつく。そのモデルが写真を気に入ったとすれば、俺はまったく知らない人から写真家としての存在を認識されたことになる。

ただ雑誌で誰かのいい写真を見たのとは認識の種類がまったく違う。仲のいいモデルが写真家として認めてシェアしている安心感と信頼感があるし、その場で連絡先もわかる。これが最初の小さなスイッチであり、生々しい話だと年収が数百万円も変わるほど大きなスイッチになり得る。

SNSを軽く見ている人は「そんなの小さなスイッチだろ」と言う。しかしスイッチの場所も知らないし、知っていても押さない人とは議論の余地がない。もちろん俺には押して爆発した経験が何度もある。それを含めてネットでありSNSだ。

ここからはとても生々しい「経済的な話」なのでクローズする。

SNSにおける大きな規則に「パブリックイメージはひとつだけにしておくこと」がある。俺はオープンな場所で言うことを、海パンで騒ぐくらい当たり障りのない建前だと思っているし、有料でコンテンツを買ってくれている人にはそれなりの全裸サービスが必要だと、広告経験30年で知っている。

続きは定期購読マガジン「Anizine」で。https://note.mu/aniwatanabe/m/m27b0f7a7a5cd

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