見出し画像

【銀英伝SS】双璧劇場 ロイエンタールとミッターマイヤーが夜会で語らう話

『銀河英雄伝説』のキャラクターファンアート10人到達を記念して、ショートストーリーを書きました。この小説は、音楽とのマッチングを試みています。素敵な調べに合わせて、お付き合いいただければ嬉しいです。

< 1900文字あります >


◆ハイドン 弦楽四重奏曲第77番ハ長調『Emperor』

***

 豪壮な邸宅がきらびやかにライトアップされ、夜のとばりが下りるのを拒んでいる。色とりどりのドレスに身を包んだ令嬢と、それをエスコートする紳士たち。大貴族の催す夜会は、今宵も華やいだ雰囲気でにぎわっていた。

 大広間では宮廷楽団のカルテットが弦楽を添えていた。この曲はハイドンの『Emperor』だ。
 貴族たちのにぎわいが1オクターブ高くなったかのように響く。

──帝国を賞賛するために、これほどふさわしい曲はなかろうな。
 帝国軍少将ロイエンタールは宴の中心から離れ、ひとけのないバルコニーに出た。
 軍務として招待されたパーティだが、ロイエンタールの心中は穏やかではない。帝国は叛徒を相手に決着をつけられないばかりか、150年に渡ってその損害を平民に押し付けているのだ。
 そういう怠惰に付き合わされていると思うと気が滅入る。

 同行するミッターマイヤーとともにワインで唇を潤しながら、広間の様子を一瞥した。
「なあミッターマイヤー、近年の帝国をどう思う」
「うん?」
 グレーの瞳がこちらを向いたものの、口を開く様子はない。
「権力闘争にふける貴族どもをよそに、皇帝は女を囲って庭をいじる以外に脳がないときた。こんな体たらくでは、同盟に逸材が出ればゴールデンバウムなどたやすく倒れよう」
 ロイエンタールがそう吐き捨てると、ミッターマイヤーは小声で制した。
「我々は公務で来ているんだぞ。人の輪から離れているとはいえ、あまり大きな声で言ってくれるな」
「ふ、俺は事実を言ったまでだ」

 ロイエンタールが失笑するかたわらで、ミッターマイヤーは姿勢を正す。
「もし同盟が脅威になれば、さすがに貴族たちも手を結んで敵を叩く、と俺は思うが」
「忘れたのかミッターマイヤー、貴族の言いがかりで生命を落としそうになった事を。連中はその生まれが高貴であるのみを誇り、協力などに興味はない。味方に望むことと言えば失脚ぐらいのものだ」
「……ロイエンタール」

[note25]im1_双璧SS銀英伝

 落ち着けよ、無言でそう諭すミッターマイヤーを前にして、ロイエンタールの胸に影が差した。帝国軍人の建前上、この場で体制批判に付き合いたくないのだろう。どう話を切り上げようかと迷った表情で、ミッターマイヤーがこちらを見ている。

 無二の友から注視され、ロイエンタールは自らの瞳を意識した。いかに右目が黒く静かでも、左の瞳は青い炎のごとく揺らめいているに違いない。
 酒に煽られるのが分かる。
 いま無性に、ミッターマイヤーの付けた建前の仮面が気に入らなかった。

「俺は世界の有りようを変えてみたい。貴族が貴族である由縁を、身をもって証明する者だけが集う宮廷を見たいのだ」
「貴種の証明か……。そう言えばこの『Emperor』という曲は、そのような崇高さを歌い上げていると聞いたが」
「そうだ。作曲者のハイドンは門閥貴族に仕える楽団の長だった。かのナポレオンにウィーンを包囲される中、ピアノから離れず士気高揚の音を響かせたと言う。死の間際まで奏で続けた壮烈な精神こそが、貴い血の証明だと思わないか」
 ミッターマイヤーが眉を上げて、驚きの声を出した。
「いやに詳しいな」
「本気の音色は嫌いじゃないのでな」
 いい加減素顔をさらせとばかり冗談めかすと、ミッターマイヤーがため息をついた。

「分かった、降参だ。俺も言いたいことがないではない」
 ミッターマイヤーは周囲に注意を払い、ロイエンタールに身を寄せた。
「この家付きの楽団からしてそうだ。まったく門閥貴族の道楽には際限がないように思える。俺などは貴族制を廃してしまえばいいと考えるがな」
 率直な言葉に、ロイエンタールは薄く笑った。
 さすがはミッターマイヤー、そう来なくては。いきなり貴族制廃止を提案するなど、俺より過激じゃないか。

「しかし、人はいつの世も貴種の登場を望んでやまぬものだ。貴族制を廃したとしても、人々は次代の英雄を必要とするだろう」
 隣を見れば、ミッターマイヤーがカルテットの方向を見据えてゆっくりと頷いた。
「確かにな。それを貴族と呼ぶなら、人が憧れるのも仕方ない。華やかで勇壮なこの曲が、長い時を経てなお人の心を魅了する由縁か」
「ああ」

 ロイエンタールは、理解を得られたことに満足した。と同時に、理想が遠いあまり友を困らせた自分の青さを省みた。
「とどのつまり、俺がどれほど門閥貴族を憎んでみても、クラシックの演奏がもたらす感動の波を防ぐ手立てはないというわけだ」
「では今宵は怒りを鎮め、静かに酒を味わうとしようか」
 困り顔のミッターマイヤーからそう誘われても、もう心は陰らなかった。
 友がグラスを掲げると、ロイエンタールは肩をすくめて乾杯に応じる。
「それに優る夜はあるまい」

──あのお方のために。
 二人は胸の内でそう唱和する。
 互いに視線を交わすと、ひと思いに傾けて杯を干した。

(Ende)

--------------

ひゃー、銀英伝のお話を書いてみたところ、妄想全開でニヤニヤしちゃいますね。もう、いろいろとツッコミがあると思います。(〃ノωノ)ハズカチィ 
けど、全力でやりきったので後悔はありません。私は、田中芳樹さんと挿絵を描いている加藤直之さんが大好きです!

最近、弦楽四重奏曲をよく聴いていて、思わず「帝国の双璧」のイメージが浮かびました。
演奏している人達は「カリドール弦楽四重奏団」といって、クラシック音楽メインで活動しているカルテットです。とても素敵な演奏なので、お楽しみいただければ幸いです。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

※この記事は、田中芳樹さんの作品の版権管理会社「らいとすたっふ」の二次利用規約に則した創作をしています。規約をよく読んで、大丈夫だと思う表現をしたのですが、もしお気づきの点があればフィードバックしていただけると幸いです。


▼ロイエンタールとミッターマイヤーについては、こちらの記事をどうぞ!

[banner]銀英伝(ロイエンタール)

[banner]銀英伝(ミッターマイヤー)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?