帰宅(自宅待機 1)
退院した日は駅の近くでお弁当とパック入りのお惣菜を買って帰り、ボランティアのOさんにも食料品の買い物を頼んで、手をかけずに口に入るものを買い置きした。
まだ重たい物を持つことができず、買い物をしてもせいぜい500グラムぐらいのお弁当をぶら下げて帰るのが関の山だった。
牛乳の1リットルパックは両手で抱えて、冷蔵庫から食卓に運ぶのがやっと。
毎朝コーヒーを飲んでいたマグカップも重く感じられ、薄手の軽いカップを使うことにした。
両手を上に上げて棚の物を下ろしたりもできないから、Oさんに頼んで必要な調理道具を下ろしておいてもらった。
フライパンで冷凍のギョーザを焼いたり、お正月にお雑煮ぐらいは作ろうと思ったから。
しゃがんだり立ったりするのはさほど大変ではなくなっていたが、頭を下げたり、かがんで覗き込む動作はできなかったから、壁の下の方についているコンセントに電子レンジのプラグを差し込んでもらい、今までは長時間使わないときは抜いていたが、差し込んだままにしておくことにした。
日常のちょっとしたことをその都度やってもらえる人がいるわけではないので、自分にできそうもないことはあらかじめOさんにやってもらい、しなくても済むことはしないで済ませるようにした。
家中のヒーターをつけて部屋を暖めていたが、冷えきった部屋はヒーターを切るとたちまち寒くなった。
だから、寝室のエアコンはもちろん、ふとんに横になっているときもキッチンのガスストーブもつけたままにしておいた。
チビが戻ってくるまでに暖まるように、猫部屋もずっとヒーターをつけておいた。
夜、約束の時間に「メイちゃんのお家」からチビが帰ってきた。
連れてきてくれた永本さんのご主人がキャリーケースのふたを開けると、チビがキョトキョトしながら出てきた。どこか知らない場所に連れてこられたと思っているらしい。
「チビちゃん」
名前を呼んでも、私のことがすぐには分からないらしかった。
「ここはどこ? あんただれ?」
といった感じ。いやんなっちゃうなぁ。
チビは元気そうで、やせてもやつれてもいなかった。「メイちゃんのお家」でしっかり面倒を見てくれたことがわかる。
チビには自分の寝箱にしている段ボール箱と、中に敷くバスタオルや古いセーター、タオルの下に入れるホットカイロを1カ月分(30個)持たせたが、入院が長引いたのでホットカイロが尽きてしまい、代わりに小さい電気カーペットを箱の中に敷いて(もちろん部屋のヒーターもつけっ放しで)、暖かくしてあるという話だった。
永本さんがその電気カーペットをくれるということで、ご主人が持ってきてくれた。それをチビの寝箱の横に敷いてスイッチを入れたので、箱の中に入れないのかとたずねると、
「こうして外に敷いておきましたが、ずっとこの上で寝ていました」
という返事だった。
電話で永本さんが箱の中にカーペットを敷いていたと言ったので変だと思ったが、電気カーペットはチビの箱よりひと回り大きいから、私の聞き間違いだったのかもしれない。
チビは電気カーペットの臭いをかいで、すぐに自分の箱に入ってしまった。箱の中の方が落ち着くに決まっている。
その後も何度かカーペットの上に乗せてみたが、他の猫の臭いがついているのか、くんくんと臭いをかいではすぐに降りてしまうので、カーペットはやめて箱の中にホットカイロを入れてやった。
その晩、ひと月半ぶりにチビと一緒に寝た。
猫は暖かいと言うが、それは若い元気な猫のことで、チビのような老齢の猫は私より体温が低くて少しも暖かくない。
部屋が冷えているせいと、ふとんが冷たいせいで、チビはふとんの中に入れても小さく丸くなって眠っていた。
エアコンのタイマーを1時間たったら切れるようにセットして寝るのだが、タイマーが切れると寒くて目が覚めてしまう。
夜中に目が覚めるたびにヒーターをつけていた。
1カ月半も人が住まないと、こんなに部屋が冷えきってしまうものなのか。
だいたいエアコンのヒーターというのはあまり暖かくない。
明け方早い時間にキッチンのガスストーブをつけ、チビの部屋のセラミックヒーターもつけて、またふとんに潜り込む。そのときチビの箱に新しいホットカイロも入れておく。
チビは私と寝ているのがよほど寒いらしく、ホットカイロが暖まった頃(いつもタイミングを計っているかのように)ふとんを抜け出て自分の箱に入りにいった。
チビにとっても厳しい冬の始まりだった。
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