ふたり 前編
2018年4月 第一回 無限文学賞 応募作品
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アメリアはブリテインの近くの森の中に住んでいる。
近く、とは言っても、森から街道に出るまでに数時間、街道を通ってブリテインまでさらに数時間。
だいたい半日がかりの道程を近くと言っていいのなら、だけど。
ご近所さんは十数件。
森の樹木に隠れるように、守られるように小さなおうちが建っている。
アメリアと同じ年代の子は2年前に学校を卒業して、ブリテインでウェイトレスを始めたお姉さんのような幼馴染がひとりと、もうひとりはひとつ年下の男子ジョン。
今は毎日街道の近くの村の学校へジョンと2人で通っている。
ジョンはがさつで、わがままで、乱暴で、お姉さんが一緒だった頃がたまになつかしくなっちゃう。
わたしも学校を終えたら、ブリテインの街で働きたいなぁ~、でもそうしたらおばあちゃんがさみしがっちゃうかなぁ~とか時々考えている。
アメリアはおばあちゃんと二人暮らし。
パパとママは冒険者で、世界中を飛び回っている。
ママは週に1回、パパは月に1回くらいずつ、アメリアとおばあちゃんのいる家に帰ってくる。
前はママがいなくて泣いてばかりだったっておばあちゃんは言うけど、アメリアはその頃のことはあまり覚えていない。
今は、ママやパパが帰って来てくれるのはうれしいけれど、おばあちゃんと2人の生活だって同じくらい楽しいし、満足。
おばあちゃんは、とってもお料理が上手で、森の動物や植物のことにもくわしい。
一緒にお料理したり、森で食べられる草や木の実を探したりするのがとても楽しい。
そろそろ春の植物の収穫の時期だなぁと思いながら、朝、家を出る。
「よぉ、アメリア!」
「遅いよ、ジョン! 学校遠いんだから急がないと!」
遅刻してきたのに、全然悪びれる様子のないジョンについプリプリしてしまう。
ジョンはいつもこうで、人を怒らせる天才だ。
朝は特にいろんなものが面白く見えるのか、あっちに寄り道、こっちで立ち止まり、そっちで逆戻りする。
「うわぁぁぁぁ!! なんだ、これっ!? アメリア! アメリア!!」
その日も興味のままにあっちにいったりこっちにいったりしていたジョンが突然大きな声をあげた。
自由気ままに毎朝学校への道のりの倍近くを歩き回ってはアメリアに大きな声で叱られることはいっぱいあるけど、アメリアを巻き込むことはほとんどないジョン。
珍しい、どうしたのだろう?とつい興味がわいて、学校のことが頭から消えた。
「どうしたの? ジョンどこ?!」
こっちこっち! と呼ぶ声に誘われて進んだ先は、道を外れて入っていった木立の中。
一本の背の高い樹の根元の洞をジョンは覗き込んでいた。
「ジョン? どうしたの、早く学校に行かないと……」
呼びかけたアメリアをジョンがキラキラした表情で振り返る。
「見たことない動物がいるんだ! これ、トカゲかなぁ?」
ジョンと並んで洞を覗き込むと、奥の方に確かにトカゲのような動物がギャースギャースと威嚇するような声をあげている。
「トカゲみたいね……でもちょっと大きい?」
「うん、それにコイツ、後ろ足で立ってるんだ」
ジョンに言われて、洞に顔を突っ込むくらいにして覗き込むと、トカゲもどきが後ろ足で立って、引っ掻こうと前足をするどく伸ばしてきた。
「いったぁい……」
慌てて避けたけど、ちょっとだけ間に合わず鼻の頭をするどい爪がかすった。
「すごいな、コイツ! 強い! かっこいい!」
アメリアの心配をするでもなくジョンが目を輝かせる。
「そうだ! 干し肉持ってるんだ。 やってみよう」
「やめときなよ、ジョン。 危ないよー 早く学校行こうよー」
カバンの中をがさごそ探るジョンに、鼻の頭を気にして撫でながら声をかけるがちっとも聞いていない。
上着のポケットから出て来た干し肉を洞の入り口に置いて、トカゲもどきの反応をうかがっている。
「あれぇ~ 食べないなぁ~」
トカゲもどきは、用心深く、干し肉を眺め、たまにアメリアの鼻を引っ掻いた爪でツンツンつついたり、匂いを嗅いだりしている。
「食べる物ってわかってないんじゃない?」
あんまりがっかりしたようにジョンが言うからつい助け舟を出してしまった。
「そっか!」
言うなりジョンは置いてあった干し肉を自分のくちに運び、もぐもぐとかじりだす。
トカゲもどきが何事かと洞から顔を出し、ジョンを見ている。
「よし、兄弟、食べてみろ」
そういって口から出した食べかけをトカゲもどきの前に置くと、最初こそ心配そうに匂いを嗅いでいたが、やがて意を決したようにひとくちパクっとかじりつくと、うまい!とばかりにむしゃぶりはじめた。
「おー! うまいってわかったか。 いい子だ! もう1枚置いていってやろう」
トカゲもどきは欲深いのか、1枚目もほどほどにすぐに2枚目にもかじりつく。
「食いしん坊ね」
あまりの勢いにアメリアまで笑ってしまう。
「明日はもっと持ってきてやるからなー いい子でいるんだぞー」
ジョンが言うと、まるで意味がわかってるみたいに、キューイとかわいい声で鳴く。
「明日はって、きっとどっか行っちゃうよ?」
「行かないよ! ここで飼う! な?」
「キューイ!」
またもいいタイミングでトカゲもどきが鳴くから、ジョンと2人して笑ってしまった。
「じゃーな」
「またねー」
と名残惜しそうなトカゲもどきをその場に残して、わたしとジョンは学校へ向かった。
街道に出て、いつもよりだいぶ時間が遅くなってることに気づいてからは2人ともダッシュして。
何とか遅刻はしなかったけど、その日の授業中、ずっと頭の中はトカゲもどきのことでいっぱいだった。
おばあちゃんに連れられて、森の中はいっぱい歩き回ったけど、あんなトカゲは見たことない。
もちろん今までの登下校で見かけたこともない。
おばあちゃんに聞いてみたいけど、ジョンが嫌がる気がした。
ジョンは生き物が好きで、今までにいろんな生き物を飼おうとしては、ジョンのお父さんやお母さんに反対されてきた。
うちのおばあちゃんが説得を頼まれたり、ジョンの連れてきた生き物たちを野生に戻したりもしたから、ジョンはおばあちゃんをちょっと苦手に思っている。
「アメリア! 帰るぞ!」
何を勉強したかわからない授業が終わった途端、教室の窓からジョンの顔が覗いた。
いつもは早く帰ろうと言ってもともだちと遊んでいて帰りたがらないくせに現金だ。
でも早く帰りたいのはアメリアも一緒。
急いで羊皮紙の山をバックパックに詰め込むと、同学年のともだちへの挨拶も早々に学校から駆け出した。
羊皮紙に書き連ねられていたのは、トカゲもどきの名前候補。
「ジョン! 名前! 名前つけてあげないと、あの子に!」
下校する子供たちの姿が見えなくなってからそうジョンに声をかける。
普段から駆け回ってるジョンは余裕だろうけど、インドア派のアメリアは少し息が上がってきていた。
この話を振れば、ジョンもスピードを落とすだろう。
「もう決めてる! クロウだ! 爪って意味!」
器用に後ろ向きに走りながらジョンが言う。
「アメリアの鼻を引っ掻いたかっこいい爪! それともノーズがいい? アメリアの赤い鼻~♪ 爪でひっかかれた赤い鼻~♪」
歌うように言われて、むかついたアメリアがスピードをあげると、逃げるようにジョンもまたスピードを上げる。
結局ジョンには追いつけないまま、朝、トカゲもどきに会った辺りに辿りつく。
「クロウ~! クロウどこだぁ~」
早速ジョンが名前でトカゲもどきを呼んでいる。
「ちょっとジョン! まだクロウでいいって言ってないんだけど!」
わたしが言うの同時にトカゲもどきが出て来て、キュ?と首を傾げてる。
呼んだ?とでも言ってるみたいに。
「え? ノーズがいいの?」
びっくりしたような顔で言うジョンに肩の力が抜けてしまう。
「いいよ、クロウで……」
わたしが力なく言うと、ジョンはクロウ、クロウ、と覚えさせるように何度もトカゲもどきに呼びかけている。
「クロウ、お前はクロウだぞー」
キューイキューイと、呼ばれるたびにトカゲもどきが鳴いて太いしっぽを振っている。
クロウが自分のことだと理解して、しかもよろこんでいるように見えてかわいい。
「キュ、キューゥ」
クロウはアメリアとジョンを安心していい存在と判断したようで、リラックスして駆け回っていたが、おずおずジョンに近づくと、鼻のあたりでポケットをつついた。
「クロウ、お前賢いなぁ~ ここに干し肉入ってるのわかるのかぁ~」
「え、珍しいね、ジョン。 干し肉残してきたの?」
食欲旺盛なジョンはおばさんが作るお弁当だけじゃ足りなくて、冬の間におじさんと一緒に狩りに行って獲った鳥やうさぎで干し肉を作って、ジョン用に分けてもらっているらしい。
いっぱい狩れるわけでもないし、冬以外の季節には狩りにくくなっちゃうから貴重なんだ、と言って毎日ちょっとずつ持ってきては、午前中のうちに食べつくして、下校時間を待ち遠しくしている。
「クロウ、あれだけじゃ足りないだろうと思ってさー 家に帰ってからまた持って戻ってくるのは無理そうだし。 家の手伝いなかったらなー」
弟や妹の子守や畑や動物の世話や、こう見えて働き者のジョンは家に帰ってからの方が忙しい。
「クロウのこと、秘密にするつもり?」
アメリアもバックパックから水筒を取り出しながら訊ねる。
水筒の中身は家で飼ってる羊のミルク。
いつもは学校にいる間に飲み干してしまうが、ジョンと同じく、クロウにあげようと思って半分くらい残してあった。
残して持っていこうと思ってたときに思っていた名前はクロウじゃなくて、アルフォンソ・メルクリウス・サンダーだったけど、それは些細なこと。
「今だったらちゃんと世話するって思ってもらえるだろうけど…… クロウが珍しい動物だったら、やっぱりアメリアのばあちゃんがどっか連れてっちゃうと思うんだ……」
ちょっとさみしそうにジョンが言う。
「なるべく長く……ここで2人で飼えるといいね……」
ミルクをちょろちょろ長い舌を伸ばして飲むクロウを見つめるジョンからは答えはなかった。
結局日が暮れる直前までクロウを眺めたり、木の棒を振ったり投げたりして遊ばせてすごしてしまって、暗くなってきたのに気づいて慌てて家に帰った。
クロウはわかってるのか追いかけては来なかった。
その日から、毎日学校の行き帰りにクロウに会いに行くのが日課になった。
ジョンは家から干し肉を持ってきて、アメリアはミルクやお弁当を残して、クロウに与えた。
クロウは大きなトカゲもどきだったから、それだけで足りるはずもなかったけど、アメリアたちがいない間に虫や小さな動物を獲っていたのか、季節がひとつ過ぎる頃には倍くらいの大きさになってきた。
元気に育ってくれるのはうれしいことだけど、その大きくなるスピードはアメリアたちを不安にさせた。
「痛い! 痛たたたっ……! ダメだ! クロウ!」
クロウとじゃれ合って遊んでいたジョンが悲鳴をあげた。
ジョンの腕からひとすじ血が流れている。
興奮したクロウが甘噛みにちからをいれすぎたのだ。
「だいじょうぶ?」
ジョンの腕に小さな穴が2つ開いていてそこから血があふれてるようだが、ジョンは気にした様子もなく、ぺろっと舐めて終わりにしている。
「大丈夫! 猫の方が痛いくらいだよ。 ちょっと間違えただけだもんな、クロウ~」
悪いことをしてしまったと反省してしょぼんと小さくなっているクロウを撫でながらジョンが言う。
クロウは頭がいいし、たぶん同じことはもうしないだろう。
だけど……。
何となく不安になって、クロウの背をジョンと一緒に撫でる。
小さく柔らかかった鱗が大きく硬くなった気がする。
「さぁ、ジョン、そろそろ帰ろう! 今日は早く帰るように言われてるの」
「あ、オレも言われてる! 父ちゃんと母ちゃん、アメリアのばあちゃんちに夜行くって言ってたぜ」
「そうなの?」
ちょっとさみしそうなクロウに後ろ髪を引かれながら帰途につく。
「なぁ、アメリア。 クロウってどれくらい大きくなるんだろうな」
重い足取りで家に向かいながら、ぼそっとジョンがつぶやく。
食べ物は自分で獲ってるみたいだけど、大きくなれば人に見つかる確率も高くなるだろう。
そしてそれは、アメリアとジョンみたいに好意的な人とは限らない。
「オレ、ずっとクロウと一緒にいたいな……」
ジョンの思いがふとこぼれ落ちたような言葉だった。
「…うん……」
うなづいたけど、アメリアにはもうそれ以上何も言えなかった。
~ つづく ~
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