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0302_手紙

 雨は止んでいた。
 窓に向かって座っていると、どこかの隙間から薄くて冷たい風が入り込み、私の手や指がだんだんと冷えていくのが分かる。時々、手を止めて一方の手を包むようにしてさすってみると思い出す。あの人もよく、私の手を包んでくれていた。私の手を、両手で、もうすっぽり隠してしまうようにして包み込む。私はどこからも風や雨を受けること無く守られる。それはとても居心地がよくずっとこのまま、私を守っていてと思ってしまう。
 そんなことは叶わないのに。
 あの人には、帰る場所がちゃんとあって、そこは今のところ変わらない。私には帰らなくてはならない場所はないけれど、私は私でちゃんと帰れる場所がある。つまり、あの人と私は同じところに生きない。同じところに帰ることができるなら、私はきっと、あの手のひら以外にも包んでもらえるのだろうし、もしくは私が包んであげたっていい。でもできない。
 
 寂しくなると、私はこうして手紙を書くことにしている。実際に送ることはないけれど(そもそも住所を知らないし、なんとなく、宛名も書かないでいる)、書き終えたらポストに入れるようなジェスチャーをして、私の家の引き出しの奥のクッキー缶に入れてしまう。私があの人と出会った時にもらったクッキーの、その缶。5年経っても変わらずきれいな缶である。
 こんな風にしていると、あの人は遠くにいて今は会えないのだと、私が勘違いをするのだ。私の、あの人に会いたいと思う全身の、その細胞の全てが『うっかり』勘違いをして、あの人は遠くにいるから会えないことも仕方がないと思い込む。そればかりか、今度会えるそのときまでとその日を楽しみにするのだった。
 私はそれを幸福と捉えている。

 まだ寒い窓際の、私のお気に入りの机と椅子であの人への手紙を書く。けれど冷えてきた手は、なかなか動いてくれないでいる。


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