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0315_水滴のカナコ

「何かしてくれってわけじゃあないのよ」

 気怠そうにそう言って、カナコはストローを人差し指と親指で挟み、口に寄せた。からん、と大きな氷がアイスコーヒーの中で崩れていく。今週に入ってから、ホットコーヒーよりとアイスコーヒーを飲む機会が増えたなぁ、などと亮平は思った。 

「ほらね、私がこんなふうに言ったところで別にあんたが私のために何かを考えて、何かをしてくれるわけじゃないもの」

 そんなことはわかっているのよと、吐き捨てるように言って、掃き捨てるようにペッとストローを指で弾いた。アイスコーヒーの薄い薄い茶色の水滴が、亮平の前に飛んだ。
 プクッとした膨らみは、とてもキレイなまん丸であり、昔小学生女子の間でこんなシールが流行ったなぁとも思う。懐かしさに思わず、それではないのに、その水滴に人差し指で触れた。まん丸の水滴は潰れその代わり、亮平の人差し指の腹には小さな小さな丸い水滴が付いている。

「昔から、あんたは私のためには何もしてくれないものね」

 諦めたようなカナコの顔が、その指先の小さな水滴の中に映って見える。よぅく覗いて見ると、カナコは、笑っていた。
 亮平は驚いて目の前にいる本人を見る。けれど、やっぱり、目の前のカナコはいつものように不機嫌そうな顔で亮平のことを見ている。なによ、と訝しむ顔と水滴に映る可愛らしい笑顔と、亮平は何度か見比べて見るが、やっぱり笑っている顔のほうが好きだなぁと思った。

「何もしないことはないよ。僕はこうして君の前にいて、君の言葉を聞いているじゃないか」

 そう言ってまた、水滴に視線を戻す。水滴のカナコはとても可愛く微笑んだ。

「いるだけじゃあ何にも変わらないじゃない!」

「何かしてくれってわけじゃないって、言ったじゃない」

 そうだけど、と急に自信を無くしたように声を萎ませた目の前のカナコを、亮平が見ることは無かった。亮平の指先にいる水滴のカナコが、とても悲しい顔をしたので、亮平は目の前のカナコに別れを告げた。

 席を立ち、店を出るとやっと夕日が沈んたところだった。まだ薄明るい。

 笑っているカナコがいいなぁと思って指先を見ると、アイスコーヒーの水滴も、水滴のカナコもいなかった。亮平は悲しくなって、その人差し指に涙を1つ落としておいた。

 また、カナコに会いたい。


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