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0419_空が咲く

「こう、パアッと目の前がね、広く大きくなったんだよ。急に、急にだよ。まるで夜から朝にころっと変わったみたいにして、視界が、世界が、空が」

 昔馴染みの友人Rに、珍しく朝も早くから呼び出されたのでいったいなんだと思ったら、こんなことだった。彼は確かに、テンションが高いこともあれば急に暗くなったりして、落ち着かないことがよくある。それは昔からのことでことさら驚きはしない。けれど、ここ数年、3年くらいだろうか、塞ぎ混むことが多いように見ていた。それは仕事なのかプライベートなのか分からない。昔馴染みであってもその本人でないので細かなところはわかり得ないのだ。だから、ただ私がそう思って感じていただけだが、実際落ち込む顔をよく見ていた。
 目の前のRがとても嬉しそうに私に話してくれるのを見て、どこかホッとした。

「いつから?いつから世界が変わったの」

 私は運ばれてきたアイスコーヒーを受け取りそのままストローに口を付ける。あ、紙ストローだ。

「多分、ここ数日、そんな気はしていたんだ。落ち込むことがあっても、すごく苦しい時間があっても、そのあとですぐに『いや、そんなことよりいいことあるんじゃないか』って思えてきて」

 なんだそりゃ、と思うがもちろん口にすることはせず、ふんふんとうなずいて見せる。

「なんか、状況はなにも変わっていないのに、『もしかしたら』とか『こうなったら』とか勝手に考えが変わっていく」

 R自身も不思議に思っているような話しぶりだった。なにがあったわけでもないのに、どうしてだろう、なにがきっかけだったのだろうと、話している途中で自問しているのがわかる。
 また少ししたら気が落ちてしまうのではないかと思うと私も安易にコメントしづらい。

「あっ」

 急にRが大きな声を出した。となりのとなりの席の人くらいは振り返ってしまった。私がどうしたのかと尋ねると、Rは私に聞こえる程度の小さな声で言った。

「そうだ!最近、朝が明るいんだよ」

 一旦、うん、と返事をしておく。

「それに、少し暖かく感じる」

 なにか大変なことに気づいてしまったのではないかとそわそわしているRを見て、私は心底安心した。

「それは春だよ」
「そんなの知っているよ!4月なんだから」
「うん、そうなんだけど、多分、君にとっての本当の雪解けの春が来たんだと思うよ」

 私はRの手を握り、おめでとうと言った。

 多分、彼の中のモヤモヤのその全てがやっと消化されたのだろうと思う。そこでようやく、彼は春を迎えた。偶然にも季節は春だった。

「春」

 Rがぽつりと呟く。

「ああ、だからかぁ」

 なにかを思いだし、納得したように柔らかく頬を緩めた。そして嬉しそうに言った。

「視界が明るく見えたのは、空が咲いたからだね」

 私も、彼に微笑みかけた。そしてまたアイスコーヒーを口にし、紙ストローが少しずつふやけていくのに私は嫌気がさしていた。


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