見出し画像

ふしん道楽 vol.10 宝石箱

宝石箱を探し続けている。

というと何かすてきなお話の冒頭のようだが、そうではなく実用的な意味での話。

宝石箱という言葉にはそれ自体に宝飾品のような趣がある。
しかし実際に探しているのは「ジュエリーケース」と言った方が早いだろうか。
三段くらいの引き出しのついた小さな箱。
上がパカっと開くアレである。

これまでの人生でいったいいくつのジュエリーケースを買ってきたことか。
多分10個以上は買っているはずだ。
そして今もう二度と買いたくないと思っている。
使いやすいものに出会った試しがないからである。

小さなものだとバッグに入るサイズから、12本用ワインセラーぐらいのちょっと大きめなものまで使ってきて思ったのは、いつもアクセサリーが全部入らない、ということだった。
バングルや大ぶりのネックレスなどはまた別の箱に入れたり、洋服だんすのどこかにコーナーをつくったりして収納するので、結局アクセサリーがいろんな場所に分かれてしまう。

私はすべてが入るものが欲しいと思い続けていた。

かといってチェストみたいな、ちょっとした家具サイズのものは置き場に困る。
自宅のクローゼットにはそのような家具を置く余裕はないし、もし買うなら家具としての存在感も大きいのでデザインにもこだわりたい。

とか言ってると、本来入れ物であるものが、持ってるジュエリーより高くなってしまうという謎現象に見舞われる。

一度すごくすてきなもの(サイズ的にはキャビネットと呼ぶようなものだった)に出合ってどうしても欲しくなり、売り場をうろうろしながら長考した。
店員さんに相談もして「じゃあ……」と決めかけたところで値段を聞いて、速攻で諦めたことがあった。
買わんのかーい!
と全フロアから心の声が聞こえた。ような気がする。

すてきだな、と思う宝石収納は肝心の宝石より高く、お手頃で買いやすい値段のものは絶対に一つでは用が足りない。
ちなみに私は大してアクセサリーを持っておらず、大ぶりのピアスなど場所をとるものがあるというだけなのだが、そういったものはアクセサリースタンドを別に買ってぶら下げるしかない。
普通のジュエリーケースというものは、フープピアスの存在を無視して作られている。
あとブシュロンのキャトルみたいな太いリングもしまう場所は用意されていない。
小さなスタッズピアスと細身のリング、チャームのついたネックレスを5本ほど。
そんな上品なアクセサリー所持者なら問題はないだろうけど、そうでない人(私だが)もいる。

大きなジュエリーケースを買ったときはどうだったのか。
大きくてもパカっと開ける構造は同じで、開けると相当な高さが出てしまうために棚に入らず、床置きも不便だったのでミニテーブルを買って載せるというアホみたいなことになってしまった。
さらに高機能筆箱のように引き出しや隠し収納が無数にあるのが災いして
どこに何が入っているのかわからないのでいろんなところを引っ掻き回して探す。
整頓したくて買ったのに中がぐちゃぐちゃになっていく。
ある日かんしゃくを起こしてリサイクルショップに売り飛ばしてしまった。
そう言えばあの時も私は
「二度とジュエリーケースなど買わん!」と毒づいていた。

しかし買わないで済むわけもなく、しばらくするとまたネットショップや
インテリアショップを徘徊して探し回る。
そして結局また同じようなものを買ってしまうのだった。

ピンタレストやインスタで見るクローゼットでも、すてきなアクセサリー収納は意外と少ない。

一つだけ壁がまるまるアクセサリーのディスプレイ兼収納になっているすてきなものを見つけたが、それを置ける壁がない。
私は行き詰まって絶望していた。
そしてついにプロに頼むことにした。
収納アドバイスと実際に製作もしてくれるところに依頼することにしたのだ。
何度やっても「ジュエリーケースを買ってしまう脳」の私が、自分でやるのはもう不可能と踏んでの決断だった。

依頼からしばらくして女性たちがやってきた。
棚の物を調べてサイズを測っている。
部屋の雰囲気や実際にあるものの量などに合わせて、そしてもちろんサイズもぴったり合わせた棚や箱を探してくれる妖精さんである。

サイズの合う”箱”を探すのはかなり骨の折れる仕事で、「名もなき家事」のなかではたまにしかないけど難易度の高いものとして知られている。
ネットを検索しまくって、こんなことなら最初からイケアで全部そろえりゃよかった、と何度思ったかわからない。
ようやく幅の合う箱を見つけたと思ったら、奥行きが1センチだけ足りなかった時の徒労感。
それを全て請け負ってくれるというのなら私は断然プロにお願いする。
もちろん自分でしっかりやってハマった時の快感も想像できるが、いつか時間のある時やろう、と思い続けて2年ほど経つのできっと苦手なのだろうと思う。

そして今、一つの棚の中段がそのままアクセサリー収納に生まれ変わるのを
楽しみに待っている最中だ。
棚に合ったサイズの内引き出しを納めて中をアクセサリーの種類に合わせて仕切り、デイリースタメンはコンパクトなディスプレイスペースに置く。
「全部奇麗に収まりますよ」と採寸していた女性が言っていた。
素晴らしい。

アクセサリーをしまう場所の心配から解放され暁には宝石箱でも探しに行こうかな、と思っている。

画像1

・・・

ライフスタイル誌「I'm home.」に掲載された、インテリアにまつわる安野モヨコのエッセイ『ふしん道楽 』のバックナンバーをnoteで順次無料で公開しています!
これまでにnoteに掲載したバックナンバーは、下記からお読みいただけます。
『ふしん道楽』は「I'm home.」で現在連載中です。
記事に関する感想はコメント欄からどうぞ!(スタッフ)
安野モヨコのエッセイやインタビューをさらに読みたい方は「ロンパースルーム DX」もご覧ください。(スタッフ)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?