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ふしん道楽 vol.17 標準装備

家を何回もリフォームしているのにいつも忘れてしまうことがある。
それは多目的シンクの設置だ。

ちょっと深めでバケツも入って掃除にも洗濯にも使えるあいつである。

私はだいぶ昔からこれをほしいと思っているのに、新築のときもリフォームのときもなぜか毎回忘れてきた。

テレビやインテリア雑誌で、それをランドリールームに設置し、「本当に使いやすい」、「前から付けようと思っていたのが、この度ついに実現した」というような事例を見る度に、いつも心の底から「イイなあ〜」と小学生以来のでっかい声でうらやましがっているにもかかわらずだ。
”奇麗にポッカリ抜け落ちる”という表現はまさにこのためにある、と言わんばかりに忘れてしまう。
それほどまでに長年、何度となく忘れ続けてきたのである。

なので、もういっそあれは標準装備にしてくれないだろうかと思うようになった。
昔の海外のトイレに結構な割合でビデがあったように、洗面所の片隅に。
洗濯機の横に。
標準装備ってことにしておいて、不要な場合はなしにする。

ってことにならないのは、世間一般的にはそこまで需要がないということなのだろうか。

確かに、1番最初に「絶対欲しいもの」として挙がることはないだろう。
浴室乾燥機やジェットバス、浴室テレビなどの方が要望は多そうだ。
それらは分かりやすく生活の質を向上させてくれる装置だからだ。

多目的シンクの場合、分かりやすい生活の質の向上はあまりない。
気持ち良さや楽しさを加算するというよりは、生活のなかの不便さやちょっとした不快感を軽くしてくれるという「マイナス部分の軽減」がメーンの装置である。
快・不快でいうと、快を得ることに人間は積極的になるが、不快を軽くする、ということには案外エネルギーが向かわない。
私が毎回忘れてしまうのもここに原因があるように思う。

多目的シンクによって得られる快とは何だろうか。

そもそもどのようなシーンにおいて私がこれを欲しているかというと、まずは掃除だ。
最近、床拭き掃除機「ブラーバ」を購入したところ、機械に取り付ける掃除用のパッドが2種類あった。
使い捨てのものと洗って使い続けられるものだ。
環境のことを考えると使い捨てのものをこれ以上生活から出したくはない。
洗う方とて恒久的に使い続けられるわけではないが、毎日ゴミを出すのと比べたらちょっとはましかもしれない。
そこで洗うタイプを使ってみたのだが、結構汚れる。
換気のために窓をよく開けているせいなのか、なんつーかホコリが泥汚れ並みに付くことがある。
洗い流すと出てくる黒い水。洗面室で洗いたくない。

ほかの場所ではモップも使っている。
実はうちの洗面室とか浴室まわりの脱衣所などはガサガサしたモルタルのような床材で、そもそもクイックルワイパーさんも引っかかってしまう。
裸足で歩いたりするので水拭きしたい。
なのでモップを使うのだが、それも結局、洗面室や浴室で洗う。
専用バケツが付いたモップに替えようかと考えたが、そのバケツの水を流してバケツを洗うのは結局浴室である。
じゃあもうモップもそこで洗うじゃん。洗うしかないじゃん!

仕方ないといえば仕方ないのだが、潔癖症とはまたちょっと違う”そのためじゃないところでの作業の気持ち悪さ”を感じてしまう。
モップも雑巾も洗う度「ここじゃないところで洗いたい」と思うのだ。

ほかにももう一つ冬場になると毎日必ず発生する作業がある。
加湿器タンクへの給水だ。
昔からそうだったように思うが、基本的に洗面器は蛇口との間が狭くできているものが多く、大きいタイプの加湿器タンクが全然入らない。
もしかして無理かな?とかいうレベルではなく、見てすぐに分かる無理さで入らない。
ちなみに浴室のカランも思ったより下に付いていて、かなり斜めにしないと水が入らない。
斜めにした分、いつも上から5センチ以上空いた状態で加湿器に戻すことになる。
足らんのよ、水がいつも。となる。

仕方ないので毎回キッチンまで運んで水を入れていた。
上部から給水するタイプなら良いんじゃない?とそちらのタイプに替えても、結局、毎回掃除をするのでその度に浴室に持って行く。

ちなみに上の蓋がパカっと開く、電気ポットと同じ構造の象印の加熱式加湿器を愛用しているのだが、そこに給水しようとピッチャーややかんを持ち出してみるとそれすら入らなかった。

どのみち洗面器と蛇口の間には手くらいしか入らないようにできているのだ。
なので、それをすべて一手に引き受けてくれる多目的シンクさんの必要性を
私は訴えているのである。

訴えてねーで付ければ良いじゃん、という話なのだが前述したようにすぐ忘れてしまう。
そう、すでに付け忘れてしまったのだ。

付けて楽しいものではなくて、付けておくと便利だよ、という類のものだから、脳が勝手に後回しにするのかもしれない。

しかも結構大きく場所をとる。考えてみたらどこに付ければ良いというのか。
うちには洗面器が二つあるけど、その一つをなくして多目的シンクに…?というのもそれはそれで不便だ。


希望としては洗濯機の並びが良いんだけど、今あるタオル収納がまるっとなくなるのは痛い。
そもそもマンションのような限られた空間で付けようと思うのが無理な話なのだろうか。

私が見た多目的シンクのある事例は大体余裕のあるつくりのお宅が多く、広々としたランドリールームの一角にシンクが付いていた。
天井は光が入るようにガラスで、洗濯物が乾かせるようちょっとしたサンルームになっていたり、計算され尽くした収納には整然とアイロンや洗剤が並んでいて引き出せるタイプのアイロン台なんかもあって夢の空間であった。

ああ。また思い出してしまった。

これからリフォームや新築を控えている方には、楽しさや心地良さのほかにも、何か日常的にうっすら感じていた不便がなかったかもう一度熟考してみることをお勧めする。
あと忘れないようにメモにしておくこともお勧めする。

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初出:「I'm home.」No.117(2022年3月16日発行)

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