あたかも

詩や小説を書きます。本を読みます。

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最近の記事

詩とは何か

人間が最初に発した言葉は祈りの延長線上にあった。それまで痛み、空腹、怒りなどの生理的な刺激、すなわち内なる世界に対して上げていた叫びが、ある日自分の外部世界へ向けられて、初めて祈りへと、そして言葉へとなったのである。私は人が祈っているのを見るのが好きだ。受験に合格しますように。早くコロナが収まりますように。今日の夕ご飯はカレーではありませんように。そこに原初の言葉にはあった世界への意志を感じるからである。 月末に文学フリマ東京の原稿の締め切りを2つ抱えていることもあって、私

    • 劇団ド・パールシム『邪教』を観て

      演劇というものに触れるのは修学旅行で観た『レミゼラブル』以来であった。なぜ最初にこのようなことを書くのかと言えば、私は演劇についてはその他の大抵のことと同じように門外漢であって、あくまでも純主観的に演劇を鑑賞する他なかったことをはっきりと申し上げておくためであり、実際私はそのようにして『邪教』と向き合ったのである。 早稲田駅近くの イズモギャラリーで『邪教』は演じられた。客席は20席くらい、ちょっとびっくりするくらいこじんまりとした空間であった。客席と地続きのステージには私

      •  一面の白濁とした空には、布地のように、薄い陰影が波打っていた。青ざめたような、力ない光を受けて、コンクリート造りの図書館のなかを歩き回る人の姿が、いかにもたよりない、かりそめのものに思われた。ガラス越しに直進してくる白色灯の閃光が、じっとりとよどみ、地上に垂れ込める空気に、痛々しい裂け目を開いた。図書館は、光の数を増してゆきながら、開館を待ち受けていた。緩慢な休日の朝であった。私は図書館の表にまわり、閉館、の文字が見られる錆び付いた立て看板を見上げると、玄関の奥に見える、大

        • 走錨

           夏めいた白い雲が、空の高いところに湧き、風が強いのだろう、千切れては帆船のように蒼穹をかき分けて進んでいった。雲の後ろから飛行機雲が現れると、しばらく雲を背にして直線上の軌跡を描き、再び雲の向こうへ消えた。雲が帆船ならば、あの飛行機は、さしずめ波間を駆ける飛魚といったところか。千切れて薄くなった白雲の奥で、飛行機雲だけが、青空に去来した動乱の名残をとどめている。平穏そのものといった光景ではあったが、どこへ行くでもなく漠とした青へ進水しゆく白雲をながめていると、幾分静心ない心

        詩とは何か

          抜粋

          ——テルビウムはその本質的な不可逆性によりf電子を核内に添加した反静電的相互作用に基づいてランタノイド元素を収縮させる傾向があり、六方最密充填構造を取りながら原子価は三、もしくは四あるいは3.14の値を取る一方、経験的には褐色の少女の戸惑いと共にうすい硝酸に溶けることが知られているのは、長年研究者の頭を悩ませてきた問題であったが、一九八四年村井幸太郎らのグループによって明らかにされたことには、褐色の少女に0.5 mol/L程度の星雲懸濁液を滴下すると、その戸惑いが強くなる、あ

          かずきくんへ

          わたしの花瓶は空のままです

          かずきくんへ

          高清水展望台

          今日の日は黄金の鳶 遠野市外郊の展望台から かそけし憂悶と荒廃とを 黄金の翼に広げて 雲の切間から展がる展望の 愛撫したくなるような——愛しさ 淡い光の底に起伏する 小山や川やささやかな街並みや 先から小さくうなる虻や 私は半ば退屈しながら眼下を見下ろしていた 考えるともなく考えていた 今からでもこんな詩を 朗らかな、そして汚れのない抒情詩に書き換えたなら 今度こそあなたは受け取ってくれるだろうか?

          高清水展望台

          プルトニウム・ラヴ

          触れた指先の皮膚から じゅくじゅくと血膿は垂れ プルトニウム・ラヴ 我が思想はどこまでも暗く 冷たく重重しい月 皓皓冴え 夥しい十字架を背負いし墓地 我が棺は厚さ5 mmの鉛に閉ざされ 苦渋の恋を物語る お前の居る場所や向けられた笑まい 耐えきれずに重く 我が恋はプルトニウム 悪魔が墓場の土を踏み 病巣が糜爛し毒を放つ月夜 お前は私を許さなければならない! その余はどうでも良いことだ

          プルトニウム・ラヴ

          風狂

          花は揺れ春の光 どよもすいのちは もくれん さくら うめ すみれ こぶし すいせん むらさきけまん みつまた すずらん ほとけのざ すずめのえんどう ゆきやなぎ くるくると くるりくるりと気がふれる 春の風で気がふれる 雪崩うつほころびをどうしたらいい 花は一面こみ上げて あふれあふれてできない 息ができない ……ことばができない あ あああああ ああ…… とめどなくこぼれ散る花嵐に揉まれ 楔を打ち込めば脆くも崩れる心臓が いくつも、いくつも連なって続く そこかしこで ああ

          花泥棒

          冬の寒さに身を縮こまらせ 青い息を呼吸していたあなたは 怯えている、春の禍々しさに。 刃物のように光をきらめかせ 陽気があなたの影をかすめていくたびに いっそ永久的解法を試してみようか思案する 私はといえば、私のアパートには梁がないものだから 日がな一日野山をさすらい(街でも私のさすらいびと) 卒然と開ける野に崩れ落ちる 私は花を盗みにきたのだ しだれ桜は風に揺れ 光の速度が間に合わない 哀しい光を湛えた薄墨色の空から 曖昧に散乱する光粒を あえかな花びらを透かして 

          あの遠い山の向こうに 落としものをしに行こうとして 僕は市バスの切符を求めた 真っすぐに通り過ぎた広告紙、 券売所の女性は 四月に開店するというトラットリアに 愛する人たちと行こうか思案してみながら ごく自然に 往復料金を告げるのだった 車窓を擦っては背後へと流れすぎる杉の木々 森の切れ目からのぞく朽ちかけた鳥居は 乗客の思いがけないまなざしによって 今しばらく徒らにあらがいながらも 忘却の地平線へと押し流されてゆく 春の風にふくまれる 哀しみの来方をたずねようとして 不

          桃の園

          日暮れの停車場で響き出す サクソフォーンの黄金の音色 どこで鳴っているのかわからずに ただその艶やかの音色に聴く、 衰えゆく春の光線に輝かしい サクソフォーンのなめらかな真鍮。 泣いていた ……泣いているのか 盲人は白い杖で暮れ方を探り歩き 無言で見守っている 一人の青年と、わたし 通り過ぎる人たち 顔を見合わせることもない無数の影が駅舎に滲み出せば ここは桃の園、わたしから滑っていった記憶 黄昏の園生を 彷徨い歩く 崩れつつある陽光が 咲き誇る桃の花枝を揺れ 燃え落ちる

          春寝

          あっちもこっちも寂しくてどうしようもない どうしようもない 甘いのが苦手なあなたのために 気持ち少なめにお砂糖を量ったときの 五グラム分の気持ち 静かに薄れゆく記憶の対岸で耳を澄ませる、 ペリエの泡が弾ける声 衰弱した生命が我が身を噛むとき 肉を引き裂く撃力も果て 滑らかな皮膚に残された 消え入るような赤みの哀しさ 重ねてきたいくつもの過ちのうち 一体どれが致命的だったのか 五グラム分の過ちで うまく膨らまなかったスポンジケーキ 氷が溶け出す音を聞いた、 あの時はどんなに

          夏の木陰へ

          私の記憶喪失は 毎年撮っているというのに 今年も桜の写真などを撮ろうとする (あああ桜の老木は折れやすいのです) そのくせ 新しい街の本屋で掛けてもらった ブックカバーの見慣れないことに傷ついている 夏の木陰でしか朗らかになれなくなったのは いつからだろうか 海から涼やかな潮風が吹き寄せ 白く輝くハマナスの芳香と混じり合う、 夏の木陰でしか明色になれない あの木陰へ辿り着けるまでは もう簡単な言葉だけ 泣きながら書かれた言葉だけ 戸惑うような (愛されたい)という呟きを

          夏の木陰へ

          土星の子

          雨上がりの街路を行く子、 土星の子。 薄曇りの空から 眠りから覚めたばかりといったようすで 優柔不断な薄日が 黒く濡れたアスファルトをきらめかせる、憂い。 人知れず潤むひとみの上を 滑っていく土星の子、 落下した青栗は道の真ん中で寄る辺を失い 人絶えた通りに土星の子はひとり。 開けた林檎畑の向こう、光る街並み。 街の上空をきしって鳩が群れ飛ぶ 巣食うもの 土星の子は鳩の下では歌えない 街の方より飛び来る鴉、 鳩に追い立てられて 山の手へと落ち延びた鴉。 ブラック・オパ

          土星の子

          宇宙晴天

          宇宙に雨が降っている 創生以来降り続けている 窓辺から僕を呼んでも 聞こえないよ、降りしきる雨音 絶対零度より少し暖かい 透明な雫がきらめいて 星を渡っていくからさ 君の名前は知らないよ それでも君、生活をしよう 落としたふりをして 一度は道端に捨てたものを 拾い上げて 海のほうへ 裸足で 海辺のスーパーで君は お腹が空いているのだけど 人間たちに揉まれて 途方に暮れてしまっている そしたら知らない男が これは美味しいと独り言 誰にともなく呟いたのだが 君にはきっと届いた

          宇宙晴天