なんしょんな_俺

『なんしょんな!俺』(2) アニメの作りかた / 川人憲治郎

※全て無料で読めますが、今後の活動費に当てさせて頂きますのでよろしければご購入も頂けますと嬉しいです。

 1983年当時にグループ・タックにあったコピー機はやっと両面コピーが出来るぐらいの機能しかありませんでした(もしかしたら世間的にはもっと進んだ機能を持ったコピー機が導入されていたかもしれませんが)。
しかも拡大・縮小なんて気の利いた機能もまだなかったせいで、絵コンテ(映像カットごとの設計図みたいなもの)をB4原版の等倍サイズ!のままあちこちに持ち運んでいたから、とてもとても不便でした。
 それでも両面コピーが出来ただけ厚みが無くなって、ブループリント(※1)時代(もちろんその時代に業界にはいませんけど)にくらべたら数倍ましな分けですけどね。
 ブループリントとは建築の設計図で紙に青く印刷されたものが有名です。別名、青焼きともいいますね。決してブルーフィルム(※2)じゃありませんよ(編注:先生、改めて注釈が必要なボケはやめてください)。
お好み焼きに一面青のりをのせて青焼き!とはいいません。

 そうそう、ネットが普及した今となっては、アニメの作り方といった情報も随分と一般に知れ渡っているようですが、あまりご存じの無い方に改めて説明しますね(今のデジタルアニメと違ってまだセル画時代の工程ですが、大まかな作業の流れは同じです)。

 まず、上述したそんな感じの絵コンテを基にアニメーターと作画打合せを行って数日経つと、アニメーターからレイアウト(構図を決めて美術設定に合わせて背景とキャラを描いたもの)が上がってきます。
 そしてそれをコピーしてアニメーターと背景に渡すのですが(アニメーターはそれを基に原画と呼ばれるキャラクターのお芝居の作画、背景さんは背景描き作業に入ります)、スタンダード(標準サイズの)レイアウトはそのままコピーして、大判のレイアウトは部分部分でコピーしたものを貼り合わせます(セル画時代は物理的にカメラが寄り引きしていたので、カメラの寄り幅に合わせて大きいサイズの紙に描く必要がありました)。

 そして全てに紙タップ(紙を重ねて描くときに、位置がずれないように『タップ』と呼ばれる留め具をはめるための穴の空いた紙)を付けて、セルで描く部分を赤の色鉛筆で塗っていって一通りの工程が終了します(ちなみにセル画になる部分を赤色で塗るのは、レイアウトのコピーの方を戻すアニメーターさんに「赤く塗ってある部分を作画してくださいね」と教えるためです)。最初はこの作業に丸一日かかったりしました。

 まぁ、ありがたいことにプロデューサーからは「川人はとろい、とろい、トロイの木馬や」なんてことは言われませんでしたが、「こんな作業に時間掛けるな」とはよく怒られました。 

画像1

 これがタップです(真横写真)。凸が3つあって、作画用紙がズレないようになります。

画像2

 上方向から見たタップ。

画像3

 ちょっと見づらいですが、レイアウト用紙をはめるとこんな感じ。

画像4

 アニメーターさんからレイアウト上がり(左上)と、原図コピー(右下。背景さん作業用のレイアウトのコピー)がこちら。今は背景さんもデジタル作業になったので、コピーを渡しても大丈夫になりました。

画像5

 紙タップの作り方! 作画用紙から出来るだけタップ穴に近いところを切り離します。なんて簡単、紙タップの出来上がり!

画像6

 先ほどのレイアウトコピーのタップ穴部分がズレないように張り替えます。これでタップ張り替え完成!(紙タップでレイアウトの指示内容が潰れてしまう場合は、上から手書きで書き足します)


 この時代は1話30分の放送枠のアニメに対しては原画マンが4名~6名とそれらの絵をまとめる作監(作画監督の略称)一人で1チーム(今は昔のキャラクターと違って、キャラクターの線の多さや複雑さが進んだ問題もあって、原画マンが20名や30名なんてのも当たり前になりました。作画監督も4名や5名なんてのも普通になりました)。

 そして今のような総作監(総作画監督の略称、作品全体に渡って作画監督の絵をさらにまとめるのが仕事。キャラクターの絵柄を売りにする作品で立てられることが多い)制は無く、自分が担当する話数と他社に依頼したグロス話数(1話数分の制作工程の全てを外部発注することをグロスと言います)の両方を管理していました。

 やっと1話が完成して東洋現像所(現IMAGICA)で初号試写(今と違って、アニメはテレビ放映用のものでも全てフィルムで現像していたんですな)を観た時の感動は今でも忘れられません。

そしていよいよO.A.です。
エンディングに制作進行として自分の名前が全国にテレビで流れるわけです。
舞い上がった私はさっそく香川県の実家の母親に

「木曜の19時からRNC(香川県の日テレ系列局)テレビ観てね!名前出るから!」
 と電話で伝えたのですが、受話器の向こうからは
「何か悪いことやって名前が出るんか」
 と心配され、
「そんな分けないやろ!」
 と思わずツッコミの言葉を入れてしまったことも、今でも忘れられない出来事です。

 そんなアニメ業界も、私が入社してから15年ぐらい経って徐々にデジタル化の波が押し寄せて来ました。そして今では仕上げ~撮影までは全てデジタル化しています。
 一部では原画や、絵コンテもペーパーレスが進んでいます。
 ですので、今のアニメの制作においてセル画というものは存在しません。セル画が無いのにいまだに業界ではセルと呼称しているのは変っちゃ変ですね。それ以外に良い呼び名がないから仕方ありません。全国の土屋さんが必ず「ツッチー」と呼ばれるのと同じでしょうか。いやいやこの例えは変か(笑)

 その昔は世の中に爆発的にアニメが普及すると同時に“セル画泥棒”というのが現れて、「どこそこのスタジオのあの作品のセル画が盗まれた」とかって噂が飛び交っていました。かく言うグループ・タックでも『タッチ』の三期だったかな?放送前のオープニングカットが盗まれたことがありました。
 しかもカット袋と言って、アニメの素材は映像のカットごとに大きめの封筒を作って管理をするのですが、その中にはセル画と一緒に原画や動画といったセル画の基になる画素材が入っていたから大変!です。
 ただでさえ時間がない中で、もう一度1から画を描き直す必要が出てきてしまったのです。
 でも原画作監の作業まではコピーを別の場所に保存していたので、至急それを引っ張り出して作り直して急場をしのいだことがありました(※原画作監とは、原画上がりに対して作画監督の監修が終わったもの。そのため、コピーさえ残していれば万が一、原画の毀損、紛失があったとしても、同程度のクオリティーのセル画の再現が可能になる)。今と違ってセキュリティーが甘かったから、制作のふりをして会社に入ってきて、スタッフぶって素材を持っていけたんでしょうね。

 あと放送済みのセル画を外階段(当時のグループ・タックは、間借りしていたビルの6階にあった)に置いていて、ある日ふとみるとセル画の量が減っているのです。また次の日にみると更に減っていて、どうやら誰かが夜中に来て小分けに(笑)盗んでいたみたいなのです。

 でも実はセル画というのは動画の線をカーボン紙を使ってセルに熱転写していたので、月日が経つと主線が消えてしまい、見られたもんじゃありません。コレクターズアイテムとして売っているセル画はハンドトレス(漫画のペンでセルに描く)で描かれているからこちらは消えません。セル画泥棒はそこまで分かっていて盗んでいたのか怪しいところです笑。

 そういえば小学生の頃、うどん県(香川県のこと。注釈が逆か(笑))のとある遊園地で子供たちへのプレゼントとして配っていた『巨人の星』のセル画。私ももらって家に帰って袋から出してみると、何と主人公の星飛雄馬!でも、表から見ると綺麗なんだけど裏から見るとセル絵具の重なりが気持ち悪くてすぐに捨てちゃいました。
 まさか大人になってセル画を扱うアニメ業界に入るとは思ってもみませんでした(笑)

 次回は、そんなアニメ制作の中で出会った素晴らしい仲間たちについてご紹介できればと思います。
 それではまた。

画像7

 今や懐かしい(株)グループ・タック(残念ながら2010年8月に準自己破産しました)のカット袋と外注伝票

(※1)別名「青焼き」とも言う。芳香族ジアゾニウム塩の光による分解反応を利用した、ジアゾ式複写技法の名称。光の明暗が青色の濃淡として写るために、そう呼ばれるようになった。
(※2)映像媒体でのポルノグラフィーを指す俗称。日本でいうところのAV(アダルトビデオ)にあたる。“ブルー”の語源には諸説あり、
1.現在のモザイクと同じ意味合いで、法的に違反性の疑いのある部分を青みがかった現像にすることで法の目をすり抜けた。
2.当時のアメリカの検閲では性的な項目には青鉛筆でマーキングしていたから。
 等、意見が別れている。


【 川人憲治郎(かわんど けんじろう) プロフィール 】
 1961年4月1日生まれ。香川県丸亀市出身。
 株式会社グループ・タック、株式会社サテライトなどでアニメーションプロデューサーを歴任。
 ふしぎの海のナディア(1990年 - 1991年)、ヤダモン(1992年 - 1993年)、グラップラー刃牙(2001年1月 - 12月)、FAIRY TAIL(2009年 - 2013年)など、プロデュース作品多数。
 現在は、株式会社ディオメディア(http://www.diomedea.co.jp)にて制作部本部長を務める。無類の愛犬家。

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