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鐘ヶ淵駅 出向先での同人生活 | 炬燵(Kotatsu)

出向について

会社員は、所属する団体――会社の命令に従い、出張、または出向する場合がある。ある程度拒否権はあるものの、妻帯者と独身であれば、身軽な独身の方が指名率が高い。そんな制度である。
出向と言えば聞こえがいいものの、実質のところは人材派遣である。弊社はシステム開発会社であって人材派遣会社ではないのだが、いや人材とは人財、つまりは資産なので切り売りするのも間違いではないが、しかし、などと呻いているうちにそんな日はやってきた。

出向先は、東京都台東区。
最寄駅は御徒町駅(複数形)の、システム開発会社である。同業他社に行く時、まず自分のスキルセットで事足りるのか、コミュニケーション能力が足りているのか、と不安になると思うが、それはそれこれはこれ。ダメなら地元に帰るだけだし、と割り切って飛行機に乗った。
荷物は宅配便で送ったし、手持ちのキャリケースには化粧品と着替えとパソコンが詰まっている。そんな人間が飛んで揺られて辿り着いたのは、会社指定のマンスリーマンションの最寄駅、鐘ヶ淵駅である。
マンスリーマンションといえば3時間空調や壁の薄さに定評のあるレオパレスなどが脳裏に浮かぶだろうが、全くもってその通り。
人生において2回ほど出向で長期滞在したが、どちらも派遣元の会社が同じなので、レオパレスに収容されることになった。世の中で騒がれているようなアレソレや、一人暮らし用の物件のはずなのに隣人が少なく見積もって3人いるなんてこともあったけれど、私は元気に生きている。
ちなみに、レオパレスを紹介してくださった素敵な会社は(皮肉ではなく実際に素敵な会社なのだが)同僚とのいざこざに疲れて辞めてしまった。
向上心はゆるやか、美味しいご飯を食べていけるし、自分を養える程度の給与さえあればいいという方であれば、ツイッターにてsakahukamakiというアカウントに連絡をいただければ紹介させていただく。

鐘ヶ淵駅周辺の買い物事情

鐘ヶ淵駅について、皆様はご存知だろうか。東京都墨田区にある、東京スカイツリーラインのうちの一駅だ。
その周辺は、びっくりするほど住宅地である。今でこそ墨田区といえばスカイツリーではあるけれど、元々は下町なので、雑多に建物が乱立している。近くにある墨田小学校からは子供たちの声が聞こえ、絶え間なく通る電車と踏切の警戒音が響く。
鐘ヶ淵駅には、改札が一方向しかない。西口と東口とは言うが、その距離は線路2本分しか存在しない。

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人身事故で止まった東京スカイツリーラインの影響を受けた鐘ヶ淵駅の対岸の様子。もちろんホームに売店などない。

西口には、少し歩けばスーパーがある。大抵の人間はこちらを経由して自宅へと帰っていく。名前を思い出せなかったので調べてみたが、ちょっとすぐには分からなかったので、潰れてしまったのかもしれない。20時にしまってしまうので、安いけど不便という認識だった。弁当屋は西口にあったが、家の方向は東口だったので、もっぱら踏切すぐのコンビニにお世話になっていた。
西口にも東口にも、改札出て5秒の場所にコンビニがある。スーパーにいく気力がなければ吸い込まれるスポットだ。
まいばすけっとが東口から歩いて数分の場所にあったのだが、大抵はその手前のドラッグストアで用を済ませて帰宅していた。なので、まいばすけっとの記憶はない。
一応、西口から数キロ歩くとイオン的ななにがしがあるのだが、普通に遠かったので一度しか行ったことがない。それこそ、後述する、同人仲間襲来時スーパーがしまっていた時くらいだ。

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帰り道、夜空が綺麗だったので撮った写真である。

レモン整体

さて、同業者の皆様、加えてデスクワークの皆様におきましては、腰の調子はいかがだろうか。
サブタイトルである同人生活の話をする前に、印象に残っている整体の話をしたい。
例に漏れず、私はヘルニア目前だと称された腰痛持ちだった。地元ではないし、整骨院の当てもない。駅前の整骨院に入ってみたが、「継続的に通えないのであればそもそも受け入れられない」と帰るよう促された。よく考えれば当たり前のことである。
「鐘ヶ淵駅 整体」で調べたところ、「レモン整体」という施設が見つかった。初診はメールでの予約制。なんだかサイトがまともっぽかったので早速連絡を入れてみた。
第一希望の日時は予約で埋まっているとのことだったので一度は諦めた。だがしかし、出向先の近くにある適当なマッサージ屋で施術を受けた結果、痛みが悪化してしまったのでもう一度連絡を入れた。すんなり翌日の夜に予約が取れたので、半信半疑で、サイトの地図案内を頼りに「レモン整体」へと向かうことにした。
はたして、レモン整体は存在した。見た目は完全に民家。怪しいチャイムを鳴らして暫し待つ。出てきたのは妙齢の男性。丈の短い白衣を着ていて、自慢げな口調だったことは覚えているのだが、顔に関しては一切覚えていない。
簡単な問診を受けて、指定された衣服に着替えて施術台に横たわる。
2時間弱の施術を受けた後、私は完全に生まれ変わっていた。筋膜リリースがどうの日本でここだけでやっているだのモデルの駆け込み寺であるだの、様々な自慢を聞いたことは覚えているが、何をされたのかは一切覚えていない。とにかく体が生まれ変わったかのように軽くなっていて、腰痛とかなにそれ、元からありませんでしたけど? みたいな顔になっていた。
N万円の価値はあるなあ、という感じである。
確か担当してくださったのは院長だったかと思うが、自慢が多かったのでためになる知識は全て押し流されていった。しかし腕は確かだったので、切羽詰まっていて墨田区に気楽にアクセスできる人は「レモン整体」で検索し、予約をとることをお勧めする。
サイトからのアクセスマップに頼るとぐねぐねと曲がる羽目になり、今私はどこにいて本当に正しい道を歩いているのだろうか、と不安になるが問題なくたどり着けるので安心して欲しい。
案内された帰り道を真っ直ぐ歩くと大通りに出たので、そちらをアクセスマップとしてほしい。
文句があるとすればそれくらいである。

同人活動

本題である。
同人活動とは何か。詳しいところはインターネットの集合知に頼っていただくとして、私の活動分野について説明しよう。

いわゆる、二次創作である。出向当時はドラマの二次創作をしていた。その前は実在する人物の二次創作を、今はアニメや漫画の二次創作をしている。
絵は描けないので、漫画でもイラストでもない。小説の同人誌を作っている。
世の中にはインターネット上に放流するだけで満足する同人者や、身内にのみ見せる同人者も存在するが、私はインターネットに放流し、ツイッターの鍵アカウントを作成し、本を印刷所で刷り、イベントに参加して本を売るタイプの同人者である。
周囲にはそのタイプの同人者と、読み専の同人者しかいないため、本を作る人間がどれくらい存在するのかは知らないが、明らかに読むだけの人間より少ないことは知っている。
幸運なことに(そして先述したように)本を作るタイプの同人者のフォロワーが多かったので、東京に居を構えた私の元に、千葉や新潟、大阪からフォロワーがよく泊まりに来ていた。
皆、翌日東京ビッグサイトに行くためである。前乗りするのはいいが、宿泊費がもったいない、友達と遊びたい、フォロワーの家で馬鹿騒ぎがしたい、などの理由もあり、彼女たちはなんだかんだと私の家に来た。いや、レオパレスの建物ではあるが。借主は雇主で私は一銭も出していないが。
とにかく、フォロワーが遊びに来ていた。以下、フォロワーのことを友人と称する。決して友達がいないわけではない。友達だと思っているのだ。相手はどうか知らないが……。怖くて確認など取れない。とにかく、フォロワーのことを友人と称する。

千葉と新潟の友人が遊びに来た時の話をしよう。翌日のイベントについては、私は一般参加、二人はサークル参加の「本人」と「売り子」の予定であった。
イベントにはサークル参加と一般参加という二種類の参加方法がある。本や雑貨を売るのがサークル参加、それらを買うのが一般参加である。
一般に、サークル参加には5000円から1万円程度のサークル参加費がかかる。これは、頒布の手伝いを行う「売り子」を含めた複数枚のチケットと、スペースのレンタル代だ。スペースには、基本的に2脚の椅子と会議机半分が含まれている。あとは印刷費やお店屋さんごっこをするための雑貨など。経費はそれなりにかかる。
一般参加は、入場料がかかる場合がある。午後になれば入場無料、元から入場無料などイベントによって様々だ。
サークル参加の利点は、一重に入場待機列へ並ばなくて済むことにある。とにかく長いのだ。
その夜の話である。私は宿泊費を「酒」としていたので、二人はそれぞれに酒を持ってきた。あと食べきれないお菓子を持ってきた。自分で食べるのは忍びないので共に食べて欲しいと言うことだった。

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持ち込まれた酒を飲みつつ、サークル参加組のコピー本の本文を折り、ホチキスで止め(なぜか皆コピー本対応の不思議なホチキスを持っている)、土産のケーキを食べながら我々は夜を越した。共に演劇の円盤をみて爆笑し壁ドンをされたりしたが、なんとか深夜2時には全てのコピー本を製本することに成功した。
翌日、家主の私が見事に寝坊した。
サークル参加の二人は問題ない。サーチケと呼ばれる入場証を持っているので、サークル参加者優先入場口から入ればいい。一般参加の私はといえば、ビッグサイトを一周するほどの長さの列に並ばなくてはならない。
私はこの時とても後悔した。絶対に一般参加などしてなるものか。もうサークル参加しかイベントには出ない。そう強く心に決めた。

また別の日の話をしよう。私がサークル参加、新潟の友人がサークル参加のイベントを控えた前日のことだ。友人は柿ピーの缶を持ってきた。人生で初めて「柿ピーに缶がある」と知った夜だった。
鐘ヶ淵駅の西口から徒歩10分。河川敷に沿って歩いていくと、クロネコヤマトの営業所が存在する。
私と友人は、営業所の閉まる20時ギリギリ、19時40分に家を出た。その夜届くはずだった「翌日頒布予定の本」が届いていなかったからだ。翌朝配達されるとしても、鐘ヶ淵駅からサークル入場の時間に間に合わせるならば配達を待つ余裕がない。なぜ東京で生活していて「新刊はあるけど届きませんでした」と首から下げねばならないのだろうか、という怒りに駆られてクロネコヤマトの営業所へと向かった。
営業所で直接受け取りの場合、まずはコールセンターに連絡をし、ガチャに成功してオペレーターと会話し、最寄りの営業所に荷物の確認をし、それから受け取りにいく必要がある。
だがしかし、オペレーターまでつながらないのである。家から営業所までの間、踏切を超える時も、河川敷が見えた時も、潰れたタバコ屋の前を通る時も、営業所の看板が見えた時も、私は何度もコールセンターに電話を掛けていたのだが、結局一度もつながらなかった。
クロネコヤマトのコールセンターはすでに閉まっているのではないか、皆帰っているのではないかと疑問を抱く頃にはもう遅く、営業所で荷物を積み込んでいるおじさんと遭遇した。

「すみません、炬燵と申します。本日到着予定で受け取れなかった荷物があるのですが、今こちらで受け取ることは可能でしょうか」

可能でしょうか、ではない。不可能だったら明日の新刊はパァである。

「いいけど……電話あったっけな……」
「コールセンターに繋がらなくて……」
「そうなんだね」

正規のルートを辿っていない来訪者に困惑したおじさんは疑問符を頭上に浮かべていたが、コールセンターに繋がらなかった旨を告げれば納得したようだった。
不在票を見たおじさんは「ああ」と一言こぼして、たった今荷物を詰めていたトラックへと乗り込んでいった。「ああ」の意味は3年経ってもわからないままだが、あえて推察するならば、「あのクソ狭い道路を通っていったのに留守だった家」なのだろう。あの手書きの文字は、わざわざ積んだ荷物を下ろしてくれたおじさんのものだったのだ。
程なくして、印刷所からの荷物を手にしたおじさんが降りてきた。これでいいかい、と確認された時には胸を撫で下ろしたものだ。ポケットに突っ込んでいたハンコを押して友人と帰る。
夕飯を作ってくれるとのことだったので、閉まっているスーパーではなく、少し遠くのイオン的ななにがしかまで歩いて行った。彼女の作ったリゾットは美味しかった。
翌日、イベントに無事に新刊を出せた喜びは今でも新鮮に思い出せる。ただ、どの本だったかは思い出せないのが残念だ。
クロネコヤマトの営業所が近くにあるというのは、結構重要なことである。それ以降、私の引越しの条件には「運送業者の営業所が近くにあること」が加えられた。

引き払い

クロネコヤマトには集荷サービスというのがある。また、事前に段ボールを届けてくれるサービスもあるので、躊躇なくそれらを利用した。しめて段ボール8箱、パソコンと簡単な着替えを除いて実家に発送する。
2階から、本や衣服の詰まった段ボールを3箱抱えて降りていった若いお兄さんのことは今でもよく覚えている。本当に申し訳ないことをした。
レオパレスの場合、物件によって対応は変わるものの、特に退去時に誰かがくるということはない。鍵を閉めてさようならだ。

荷物の梱包中に、心に決めたことがある。
実家を出よう。一人暮らしは心地よすぎる。あと、猫飼いたい。猫がいないと無理。
私は今、猫と暮らしています。皆さんも、是非猫と暮らしましょう。

鐘ヶ淵駅

あの場所にもう一度住みたいかと聞かれれば是であるが、そのチャンスはないし、作る予定もないので残念である。行きつけの飲み屋があるわけでもなし、優先順位は低い。
次に住んでみたいとしたら、下北沢周辺だろうか。あの頃よりも演劇が好きになったので、気軽に劇場へ通える場所に住みたくなっている。
クロネコヤマトへ掛けた迷惑と、鐘ヶ淵駅の情緒に思いをはせて本記事を終わりにしたいと思う。
それでは、またどこかで。

■炬燵(Kotatsu)(@sakahukamaki)
巴ラボ代表、プログラマ。島根県出身。二度の出向を経て一人暮らしの必要性を強く感じ、猫と暮らすために実家を脱走。同僚のことがとても苦手になったので会社も脱走し、大阪に居を構える。現在は、元出向先に転職し、孫請けから親受けへとランクアップした。得意分野は初対面の人間と仲良くなること。苦手分野は礼儀の表出。


*このエッセイは、住んで暮らす東京の街についてのエッセイ集『あの街』第1号の収録作品です。
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