研修医がロンドンに大学院留学して解脱するまで Ep.4 恐怖の仮住まい

仮住まいとして入居したJohn Dodgson House は、本年度改装予定であった寮を、急遽開いて使っているとのことだった。運用予定がなかったため、建物の本格的なクリーニングは行われていないようで、前年度の汚れが各所に残っていた。部屋は本当に薄暗く、寒く、うっすらと汚れがたまっていた。共用キッチンのコンロがつかなかったり、換気扇から爆音がしたり、各所に問題があった。長くて一週間と聞いていたので、まあいいかと思った。

学生に戻り、職業人としての自分に気づく


同じキッチンを1フロア10人程度で共有する仕組みの寮で、数日もすれば全員の顔ぶれが分かった。学部卒業からまっすぐ修士大学院に来た学生(中国5人、北米3人)たちと知り合いになり、私のように社会人経験があったり理系専門職の人はいなかったのが少し残念だった。考えて見れば、高校から直接医学部に入った私は、6年間の医学部教育を通して緩徐に、職業人としての自意識を育てられて来たのだった。世の中の人は、大学生の間は何の職業にも紐付けられていないただの人間であるということに改めて気がついた。
同時に、自分が実用的な専門知識や技術を持っているのに、それを使うことが出来ないことに苛立ちを覚えた。他の学生たちがひどく自由かつ未熟に見え、私はこんな子供たちの中で何をしているんだろうという気持ちが再燃した。学生の間は、私はどちらかというと「アカデミック寄り」であり、医者であることにこだわりはない、と思っていた。しかし仕事を手放してしまい外の世界に行くと、私の内側に、職業人としての自覚や仕事への欲求が確実にあったことに気が付いた。

OCD(風)再発

私は高校生の頃、一度重度の潔癖症になったことがある。床、とくに床を介して他人の汚物が自分のからだに入ること、に強い恐怖を感じて、手を頻繁に洗ったりしていた。後に強迫神経症という精神疾患の存在を知り、当時は日常生活には支障を来さなかった(がゆえに診断もつかなかったと思う)ものの、これに近かったものだろうと回想した。仮住まいの寮の環境が強烈なショックとなり、私はいきなりOCDを再発した。床も(もちろん土足)、壁も、ベッドも、シャワーでさえも薄汚れて汚い。体を清潔にすることさえ出来ないという状態に、強い苦痛を覚えた。近くのドラッグストア (Boots)でウエットティッシュを買い、とにかく部屋のなかを掃除した。
交流会で出会った他の留学生から「私のように仮住まいさせられている学生の一部は、この汚く古い寮の一部ではなく、ホテルに滞在している」ということを聞いていた。しかもキッチンがないという理由で、1日20ポンドの食事代を給付されているという。私もホテルに移りたいと強く思ったが、すぐに新しい寮に移れると聞いていたので、この時点では何もしなかった。(後述するがすぐには移れない)

すこしがっかり、空虚な待機時間


本来であれば、大学が始まるまでの数日間は、家財道具を揃えたり、パーティーに行って人脈を作ったり、家の近所を散策したりする時間なのだろうが、仮住まいではそれができなかった。異国の汚い部屋でただ1人、やることもなく、仕事もなく、ただ学校の始まりを待つ日々は退屈だった。そもそも私はイギリスやロンドンの文化に強い興味はなかったので、観光に行きたい場所もとくに思い付かなかった。

John Dodgson House の部屋

引用:https://www.expedia.co.jp/London-Hotels-UCL-Institute-Of-Education.h30551460.Hotel-Information

次回は大学院オリエンについて記載予定


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