言いようのない青春
高校時代の日記、見るに堪えないキャピキャピっぷりの中で急に「冷戦のニュースを見て悲しい気持ちになった」とか書いてあって面白い。
たくさん死にたいとかつらいとか吐き気するとか書いてあった。けど部活恋愛勉強友達、とてもきらきらしてた。読み返してまた泣く。読み返さないほうがいいのかもしれない。
日記をほとんど書かなくなった。ここに書いてるからね。でもこの日こんなことを言われたって、記憶からすっかりなくなっていることもあるし、改ざんされてたりもするからやっぱり記録って大事なんだな。せめてここに記しておきたい。今の私が何を考えているのか。
日記は言葉の宝箱だった。友人、先生、当時の恋人からもらった言葉がたくさん書かれていて、当時は泣きながら書いたつもりはないけど、10年も経った今読み返して泣いてしまう。
大学生になっても結構書いていた。大学のときはモチベーションもなくだらだら過ごしていたので、何を考えていたのか本当に覚えていない。軽視する時代にも私は生活していて、いろいろ考えてた。きっとみんなそうなんだろう。
日記帳は小学生のときから始めて3冊あるのだけど、奇しくも2冊目がうつ病になったその月から就職が決まる直前までの5年間だった。私の人生の第2章これだったのかなあ。
第3章は今のところ軽やかで、自由で、比較的健康。だけどいちばんつらかったあのときにはもっとはじけるような言いようのない青春があったんだよなあ。
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