見出し画像

Activity Blanketから遊びとケアの装いを考える:「拡張するファッション演習」BIOTOPEレクチャー&ワークショップ(浦安藝大)

林央子+BIOTOPE「あそびを装う」

2023年10月20日、アーティスト・ユニットBIOTOPEによるレクチャーとワークショップが開催された。

西尾美也+林央子「拡張するファッション演習」の最高にワクワクするワークショップを開催します!ゲストは、アートディレクション、グラフィックデザイン、ファッションデザインを領域横断的に活動する2人組ユニット、BIOTOPE(ビオトープ)です。
おもちゃのようなカラフルなアイテムをつくるBIOTOPEのお話をとおして、ファッションをあそぶことの楽しさ、可能性についてみんなで考えてみましょう!そして、みなさんにとって暮らしに身近なアイテムを一緒に手づくりします。
カラフルなビーズ、ひも、ファスナーなど、いろいろな素材で、ファッションをあそび、楽しむことに、一緒にチャレンジしてみましょう!

浦安藝大公式ウェブサイトより

まず、BIOTOPEの自己紹介プレゼンとして、彼らの制作してきた空気で膨らむ服、小物、リサイクルダウンなどもを使用した着脱可能な小物などが紹介された。彼らのテーマは「ウェアラブル・トイ」であり、彼らはこれらの作品で、欧州最大のコンペティション「ITS(イッツ)」のアートワーク部門でグランプリを獲得している。

2023年6月に開催された渋谷PARCOでの展示ビジュアル

ファッションデザイナーの山縣氏が主宰するファッションの私塾「ここのがっこう」に通った経験のある田中優大とパートナーの田中杏奈はBIOTOPEのユニットであり、彼らはグラフィックデザイナーでもある。今回の「拡張するファッション演習」のリーフレットの制作もしている。彼らはレゴブロックと同じ6色をメインカラーにし、それらを自由に組み合わせ遊ぶように楽しいデザインを私たちに提供する。

元来グラフィックデザイナーである彼らは、初めは服作りの経験もなく、平面をどう立体にするか、試行錯誤してきたという。縫い合わせる技術なども学んでいなかったため、どう「くっつけるか」を追求した先に、スナップボタンを利用するアイディアが生まれた。前述したように彼らはレゴブロックを参照しており、レゴなどおもちゃには「くっつけて遊ぶ」要素を持つものが多いため、自然とウェアラブル・トイというアイディアが生まれたという。

アクティビティ・ブランケットとは?

今回のワークショップでは、欧米で先駆的に研究されている「アクティビティ・ブランケット(Activity Blanket)」を応用したトートバッグの制作が行われた。下記にその作り方を記載するが、このアイテムはBIOTOPEのアイディアと通じる「遊び」の要素が含まれている。

BIOTOPEに教えてもらったアクティビティ・ブランケットは別名(論文などではよく)「Fidget Blankets」と呼ばれるもので、主に認知症予防に役立つものとされている。これは何かというと、(主に)お年寄りがよく膝にかけるブランケットに、手遊びが楽しめるパーツを取り付けたものだという。別名「Fidget Blankets」(ほかに「Sensory Blankets」、「Busy Blankets」、「Dementia Blankets)」、「Alzheimer's Blankets」などと呼ばれ、認知症予防に良いという論文が書かれている。

認知症予防に良い理由として、認知症やアルツハイマーを患うと、ソワソワ(fidget)して怒りっぽくなったりする(それは感情の出口(表現方法)がないため)ので、こうしたブランケット(キルト)を使うと、落ち着いて不安が和らぐということである(これはつまり、そうした性質の疾患や障害にも効果があるということである)。

ある論文では、米国は約580万人の成人が認知症で2050 年までに認知症患者が 3 倍に増加すると予想されており、認知症患者の90%がBPSDと呼ばれる症状を抱える(動揺、不安、過敏性、無関心、睡眠や食欲の変化など)という。そんななか、これらの予防策としてのアクティビティ・ブランケットには味覚以外の全ての感覚を刺激する要素を含むことができると明言されており、薬の使用はリスクが高いため、ブランケットの療法が推奨されるのだという。しかしながら、ケアする側の技術が必要であり、学生薬剤師26人によるアウトリーチでは、参加し続けることで、学生の快適度とコミュニケーション力が上がったという結果が報告されている。

Brianne Mosley,  Kelly Reilly Kroustos, Kristen Finley Sobota, Rebecca Brooks "Enhancing student-pharmacists' professional development through community outreach with dementia population" (2020)
概要:Fidget Blanketによる認知症患者に対する学生薬剤師のコミュニケーション能力の向上について

Brianne Mosley,  Kelly Reilly Kroustos, Kristen Finley Sobota "A Student-Pharmacist Sensory Stimulation Outreach: Fidget Blankets" (2018)

Kroustos, Kelly Reilly; Trautwein, Heidi; Kerns, Rachel; Sobota, Kristen Finley "idget Blankets: A Sensory Stimulation Outreach Program" (2016)
概要:上記2020年の論文と同様、学生によるアウトリーチと精神薬の使用削減

Activity Blanketの作り方

1)完璧な素材を選ぶ
軽くて丈夫なもの、普段洗えるものを選ぶ。
2枚重ね合わせて縫う。
ももの上にのせるため、フリースなどもいい。
土台の布にキルティングで装飾していく。
パターンやプリントがあってもいいし、興味をそそる色などもいい。

2)装飾を決める
認知症の方の手遊びからヒントを得るとよい。たとえば、ジッパーを上げ下げする癖があるならジッパーをつけるなど。
どんな装飾でも良く、とりわけ患者が好むものが良い。
ボタン、ジッパー、靴紐、リボン、ビーズ、ロープなど
(ブランケットそれぞれが認知症の病状と彼らのニーズを表す)

3)パーソナライズする
パーソナライズは幸せな記憶を取り戻すのに不可欠
ブランケットに名前をつけるのも良い
昔遊んだおもちゃに関連させても良い5
ニーズによってエプロンや枕などをベースに制作しても良い

BIOTOPEによるワークショップ

今回のBIOTOPEのワークショップでは、こうしたアクティビティ・ブランケットの制作方法の要素をとりこみ、すべての人が楽しめるアイテムとしてトートバックに上記のような遊戯的装飾を施す実践の機会となった。参加者はBIOTOPEが用意したオリジナルプリントのテキスタイル、カラフルなビーズやファスナー、紐などを自由に配置し、またスナップボタンで留めることで制作後も楽しく変化させることのできるバックの制作を行った。

参加者は思い思いのやり方で制作を行い。こちらでは思いもよらなかった装飾や機能の発明も出てきて、とても楽しいワークショップとなった。2つのテーブルに6人程度ずつ集まり作業をしたが、参加者は黙々と作業をし、対象となる制作物と向き合う時間が会場を埋めていた。自己の中で制作の対象物との対話が起こるこのような時間は、装いの制作による「ケア」であると言えるのではないだろうか。

子どもへの影響の考察(ドナルド・ウィニコット)

「遊び」と「柔らかいもの(布地など)」の組み合わせは、どうしても小児精神科医のドナルド・ウィニコットの研究を思い出さざるを得ない。彼は移行期と呼ばれる1~3歳頃に、肌身離さず持っている客観的な存在物、特に不安が高まったときなどに抱きしめたり握り締めたりする愛着対象、具体的には、ぬいぐるみ・毛布・タオルなどを「移行対象」と呼び、この現象を「移行現象」と呼んだ。(1951年「移行対象と移行現象」)

また、遊ぶことは母親との関係から始まるものであるが、遊ぶためには対象は使用されねばならないことや「一人でいられる能力」ともかかわりがあるともウィニコットは述べている。そして、やがては関係性の中で遊ぶようになることが述べられている。(1968年「遊ぶこと:理論的陳述」)

ファッション・ワークショップの実践を終えて(1)

発達(幼児期の移行現象)と退行(認知症患者の幸福な記憶の引き戻し)の両現象が、アクティビティ・ブランケットや今回のトートバック制作ワークショップにおける制作や使用のキーワードになるだろう。

今回のワークショップを通して、装いによる「遊び」と「ケア」の可能性が、ファッションワークショップには潜在しているように感じられた。しかしながら、人間間の社会的関係性もこの「柔らかい」「遊べる」対象を媒介として「ケア」できる可能性もあるだろう。この点についてはまた別の機会に考えてみたいと思う。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?