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戯曲『星祭りの夜に』

(*この戯曲は無料で公開しています)

星祭りの夜に(約15分) 作.藤田玖美保

常盤【1】
金村【2】

祭りの音が聞こえる。それは徐々に遠くなる。
水に何かが落ちる音。それは何か大きなもののようだ。
照明FI。
1登場。持っている切符とバス停の時刻表を見比べ、ベンチへ座る。

1 はぁ…。(物憂げ)

2登場。

2 何してるの?
1 え?
2 そんなところで、淋しくない?
1 …いえ、大丈夫です。
2 どっちの意味で?淋しくないから大丈夫なの?淋しいけど大丈夫なの?
1 ……。
2 今日は星祭りだよ。町中の人たちが、みんなこの日を楽しみにしていたんだよ。なのに、どうしてあなたは行かないの?
1 …行けないんです。他に行くところがあるから。
2 どこに?
1 分かりません。遠い遠い、はるか向こうの、見知らぬ世界に行くとしか。
2 それは、銀河よりも遠い?
1 ……。
2 どうかしたの?
1 いや、おかしなこと言うもんだなあって思って。でも、あながち間違ってないのかもしれません。
2 服、濡れてるよ?何かあったの?
1 ほんとだ。雨でも降ったのかな。
2 今日は一日晴れだって言ってたよ。
1 じゃああたしにだけ降ったんだ。きっと神様がいじわるして、私のところにだけ雨を降らせたんだ。
2 じゃあ仲間だね。
1 え?
2 ほら。

2、 1に自分の服を触らせる。その服は濡れている。

2 あたしもいじわるされたんだ。

2、 笑う。1もそれにつられて笑う。和やかな雰囲気。

1 なんか不思議な感じです。すごく懐かしいっていうか。私たちどこかで会いましたっけ?
2 たぶん、ずっと昔に会ったんだと思う。
1 どこでですか?
2 最後に会ったのは、駅かな。
1 駅?どこのですか?
2 さあ。そこまでは分からない。
1 駅かあ。どんな感じの駅でした?
2 あまり覚えてないよ。しいて言うなら、このバス停と同じような感じだったかも。
1 へえ…。あ、そうだ、名前まだ言ってませんでしたね。私は常盤って言います。
2 私は金村。
1 金村さん。
2 「さん」はいいよ。金村って呼んで。
1 じゃあ、金村。あたしのことも、常盤って呼んでいいよ。
2 分かったよ、常盤。
1 常盤と金村。ああ、なんかいいですね。こうして名前呼び合うとすごい、親友同士って感じで。
2 ちょっと大袈裟じゃない?
1 大袈裟なんかじゃないよ。だって金村は私にとって初めての友達なんだから。学校じゃこんな風に話してくれる人はいないもん。
2 どうして?
1 私の家、すごい貧乏なの。お父さんは出稼ぎに行ったきり帰ってこないし、お母さんは病気で寝たきりだし。今はあたしが新聞配達のバイトして生活費を稼いでるんだ。
2 偉いね常盤。
1 でも、学校のみんなはそれをからかってくるんだ、この貧乏人って。特に実山さんはひどいんだ。
2 実山さん?
1 いじめのリーダー格の人。わがままで何でも自分の言う通りにならないと気が済まない性格で、みんな実山さんには逆らえないの。その人に、私目を付けられちゃったみたいで、毎日からかってくるの。
2 ……。
1 でもね、別に気にしてないんだ。だって私は自分のしていることは間違ってないって思ってるから。お母さんが言ってたの。今の自分がいるのは、前世のおかげだって。
2 前世のおかげ?
1 うん。今地球上で生きている私たちには、みんな前世がいるの。その前世の人たちが過去に良い行いをして、生まれ変わった姿が私たちなの。だから私たちは、その前世の人がつないでくれた命を大事にするために、良い行いをしなきゃいけない。また生まれ変わるために。…て言ったら実山さんたちに笑われたんだけどね。
2 ううん、素敵だと思う。
1 本当に?
2 うん。
1 よかったぁ。やっぱ金村は分かってくれると思ったんだよね。
2 もちろん。それにそう考えるとさ、あたしたちがここで会ったのもきっと前世が引き合わせてくれたんじゃないかな。
1 そっか。だから会ったとき懐かしい感じがしたんだ。
2 あ、あそこに人がいる。
1 え、どこ?
2 ほらあそこ。岩をつるはしで突っついている。発掘でもしてるのかな。
1 どこ?全然見えないよ。

2、静かに元に戻る。1、諦めて元に戻る。
2、ポケットから切符を取り出す。

1 あれ、金村の切符、私のと違う。
2 これはね、特別な切符なんだ。これがあれば、どこにだって行けるの。
1 どこにでもって、本当にどこにでも?
2 うん。どこにでも。自分の行きたいと思ったところに。
1 へえ、すごいなぁ。やっぱ金村は特別なんだね。
2 あげる。
1 え?
2 常盤にあげる。
1 でもそれは金村の。
2 いいの。私が持っててもしょうがないし。それに、常盤に持っててほしいの。
1 …本当に良いの?
2 うん。その代わり、常盤が今持っている切符と交換だよ。
1 わかった。

二人切符を交換する。

1 うわぁ、ありがとう金村!
2 ちゃんと大事にしてよね。
1 うん!どこにでも行ける切符かぁ。
2 どっか行きたいところとかある?
1 いっぱいあるけどそうだね…今は金村と一緒に色んなところに行きたい。
2 え…
1 これからいろんなところに行くでしょ。そこを全部、金村と一緒にまわるの。
2 あたしと、一緒に…
1 あ、鳥だ!見て見て金村、鳥が飛んでいるよ。
2 鳥?
1 綺麗な鳥だなぁ。あ、人が追っかけている。子供かな?もうすぐで追いつきそう。ああ、惜しい!逃げられちゃった。
2 そっか…常盤には見えるんだね。

二人、同じ光景を見つめているが、2の目には何も映っていない。

1 金村。
2 うん?
1 きっとこれから先、苦しいこともいっぱいあると思う。でも、金村と一緒なら何でも乗り越えられる気がするんだ。金村。

1、2を見て。

1 ずっと一緒に行こうね。

2、何も言わない。1、時刻表を確認する。

1 もうすぐか…。牛乳、買いそびれちゃったなぁ。
2 ……。
1 お母さん、許してくれるかな…。

沈黙。

2 行ってあげなよ。
1 え?
2 牛乳。お母さんに届けに。
1 …そうしたいけど、もうバス来ちゃうから。
2 その必要はないよ。
1 …え?
2 ごめん常盤。肝心なこと言いそびれてた。
1 …金村?
2 その切符じゃこのバスは乗れないの。
1 なに言ってるの?金村が言ったんだよ、この切符はどこにでも行けるって。
2 そうだよ。でもこのバスには使えない。
1 …嘘、ついたの?
2 嘘じゃないよ。
1 嘘じゃん!バスに乗れないんじゃどこにも行けないじゃない!
2 常盤。バスに乗れば、本当にどこにでも行けるの?
1 ……。
2 確かに、バスに乗ればどんなに遠いところにも行けるかもしれない。でもバスは、自分の想い通りの場所に止まるとは限らない。乗ったら最後、途中で降りたくなっても降りることはできないの。どこにでも行けるっていうのは、自分の意志で自分の進む道を決めることができるってことなの。それは生きていれば誰だってできる。…常盤には、まだそうであってほしいの。
1 ……そうやって、また僕を一人にするの?

前世の記憶がよみがえる二人。「常盤」は「ジョバンニ」、「金村」は「カムパネルラ」へ。

2 一人になんかしないよ。
1 いつもそうだ。僕は君に助けられてばかりで、僕は君のことを助けたことがない。
2 助けられたさ。今日君は、僕のことを“親友”だって言ってくれた。君に黙って行ってしまった僕のことを、君は恨んでいるんじゃないかって思ってたんだ。でも君はそんな僕を“親友”って言ってくれた。それだけで十分だ。
1 …ずっと考えてたんだ。あの時、どうして君はザネリなんかを助けたんだろうって。僕はバカだ。溺れたのが誰だろうと、きっと君は助けに行った。君はそういう人だ。
2 お互い、生まれ変わってもやることは変わらないんだね。
1 今度はいつ会えるかな。
2 分からない。ひょっとしたらもう会えないかも。
1 会えるよ。今日こうして会えたんだ。この星がある限り、いつだって会えるチャンスはある。
2 そうだね。

2、空を見上げる。

2 時間だ。
1 うん。
1・2 それじゃ、また。

暗転。


※上演許可などのお問い合わせは作者まで。上演する際は有料無料に関わらず必ずご連絡ください。

Email kumiyasufujita@gmail.com
Twitter @KumiyasuFujita

#七夕 #演劇 #戯曲

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