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シリーズ「ヤル気を伸ばす」(その9):「統合」への6つのステップ

■「変容」の6つのステップ

前回、人間の意識成長の階層構造を高層ビルに喩えました。
この高層ビルのひとつひとつの階は、人生の駅のようなもので、ある程度居心地がよく安定してはいます。人はどの駅で「変容」を止める自由もあると、ウィルバーは言っています。しかしどの駅にいようが、変容は起きるのです。なぜなら「変容」するのは、列車でも駅でもなく、当の乗客だからです。乗客が旅をしているのであって、駅や列車は道具ないし背景にすぎません。どの階(駅)にいようが、人はその階(駅)で細かい弁証法的な横方向の成長(家具の移動)を繰り返すことで、やがて変容(家ごと引っ越し)に至る、と言っていいでしょう。
そこで今回は、この「変容(引っ越し)」のプロセス、つまり発達の高層ビルをひとつ上の階へと上がる際の細かいステップについて見てみましょう。まさに、高層ビルのある階からひとつ上の階へと(引っ越し荷物を抱えつつ)階段を一段ずつ昇るようなイメージです。
ウィルバーは、このような階段を昇るプロセスを、次のような6つのステップに分けて説明しています。このステップは、意識成長の高層ビルのどの階からどの階へのステップアップにも共通しているといいます。つまり、子どもが大人になる場合にも、テロリストが回心する場合にも、禅の修行僧が悟りに向かう際にも、同じステップを踏む、ということです。

1.今いる階への「固着(同一化)」状態から、ひとつ上の階の構造が意識内に浮上する。→「絶対にそうだ」から「何か違う気がする」になる。
2.今いる階に同一化していた自己は、その階からの分化ないし差異化を始める。→「明らかに違う」「もっといい何かがある」になる。
3.自己は今いる階(構造)から脱同一化し、本質的なアイデンティティをひとつ上の構造へと移行させる。→「引っ越し荷物」をひとつ上の階に移し、「よりよい(より広く・深く・高い)」アイデンティティを獲得する(登山の「高度」を上げる)。
4.それによって、意識は今までの下位構造を含んで超える。→「今までの自分は消えてなくなったわけではなく、より大きな自分の一部になったようだ」「下の階からの引っ越し荷物は今もここにあるが、私はそれをすべて自分で管理している」
5.新しく上がった階(構造-レベル)から、下の階の構造に働きかけられるようになる。→「私は必要ならいつでも旧い自分(引っ越し荷物)を取り出して適切に利用することができる」
6.下のすべての階(構造-レベル)が意識に統合される。→「今までの自分はすべて私の中に層を成して段階的に堆積されていて、その全体像を含め、それをさらに超えたものこそが今の自分である」→新しい家具も加わり、持ち上がり荷物も含め、すべてを細かく移動し始める。

この6つのステップを見ても明らかですが、意識の成長・発達とは、新しいものが旧いものを「含んで超える」というプロセスに相違ありません。これは現代進化論でいう「創発」という現象と同じです。つまり、人間の意識の成長・発達も、生命進化と同じ構造を持っている、ということです。
ちなみにウィルバーは「含んで超える」という現象に関し、興味深い指摘をしています。「含んで超える」の「含む」の面に失敗すると「アレルギー」が発達し、「超える」の面に失敗すると「中毒」が発達する、というのです。
上記6つのステップで言うと、前半のステップは「超える」作業にあたり、ここに問題が発生すると、サナギはチョウの段階を否定し、サナギを絶対視(サナギの状態に嗜癖・依存・執着・固着)してしまうことになります。これが「超える」に失敗したときの「中毒」にあたるでしょう。社会的なルールや規範を学習する場合で言えば、統制的な指導を受けて「取り入れ」が起きれば、そのルールや規範を絶対視し、その段階に固着してしまうでしょう。
また、後半のステップは「含む」作業にあたり、ここに問題が発生すると、階段を昇り切ったように見えて、実は自分がそれまでいた下の階を否定し、チョウがサナギの段階に対して拒否反応を起こすような結果になります。これが「含む」に失敗したときの「アレルギー」にあたるでしょう。社会的なルールや規範を学習する場合で言えば、統制的な指導に対して「拒否」や「反抗」という反応になるなら、そのルールや規範に対して「アレルギー」を起こし、その段階を自己に統合することができなくなるでしょう。

上記の6段階のプロセスを、もっとも単純化して言うなら、次の3つのプロセスになります。
〇ある段階に同一化した状態から、分化(差異化)が起きる。
〇その段階から脱同一化を果たす。
〇ひとつ上の段階へ同一化する。
これこそまさに「正→反→合」の弁証法の動きです。

■不良少年の更生プロセス例

さて、ひとつ例を示しましょう。実際にあった話だと記憶していますが、出典が定かでないので、私の記憶違いだったらご指摘ください。仮に事実でなかったとしても、ステップのシミュレーションのためのたとえ話だと思ってください。

ある中学校に不良グループがいて、担任の先生は頭を悩ませていました。その先生は、その不良グループのリーダー格の少年に関しては、あまりに札付きのワルだったため、更生は半ば諦めていました。せめてそのリーダーについている子分たちには更生のチャンスがないものかと考えていました。そこで先生は思い切ってリーダー格の少年に相談しました。
「正直、お前のことは諦めている。私がどう言ったところで態度を変える気はないだろう。でも、お前の子分たちにはまだ立ち直るチャンスがある。お前は、不良グループとはいえ、それなりにリーダーシップがあるのだろうから、そのリーダーシップを活かして、子分たちが足を洗うよう説得してくれないか」
すると、リーダー格の少年は、先生の真剣さを意気に感じたのでしょうか、先生の申し出を承諾し、さっそく子分たちの説得にかかりました。
しばらくすると、思わぬ効果が現れました。子分たちの説得にあたっているうちに、そのリーダー格の少年まで更生してしまった、というのです。

この少年の「変容」のプロセスを、上記の6つのステップにてらしてシミュレーションしてみましょう。

1.今いる階への「固着(同一化)」状態から、ひとつ上の階の構造が意識内に浮上する。→「絶対にそうだ」から「何か違う気がする」になる。
まず、どんな不良グループのリーダーに対しても、この先生がやったようにすれば更生する、というわけではない、という点に留意する必要があります。
このリーダー少年の場合は、おそらく「不良少年ではない自己像」というものを、無意識の中には持っていたのだと思います。つまり、社会に反抗したい、という衝動以外の衝動も持っていた、ということでしょう。でなければ、そもそも先生の申し出を受けたりしなかったはずです。
さらに、この担任の先生は、最初はこのリーダー少年に対し、何とか非行を止めさせたいと思っていたでしょうから、少年の態度や行動に対して対立的・否定的な立場でいたはずです。しかし、対立した状態では、少年の「世の中に反抗したい」という衝動を先生自ら満たし続ける(少年の反抗心に理由を与える)ことになるので、少年は反抗し続けます。
そこへ、まず先生が態度を180度変えた、という点が大きな転換点になったのでしょう。対立や否定から、ある程度の承認・信頼へと態度を変えたわけです。少年が先生の熱心さを意気に感じたとしたら、まさに「自分の統率力を認められた」という点でしょう。さらに、少年が先生の申し出を受けた時点で、少年は「自分なら子分を説得できる」と思ったことになりますから、「非行」以外の生き方、ものの考え方があり得ると感じていたことになります。
そこで、それまでは「自分が非行に走っているのは、絶対的に世の中が悪いからだ」という考えから、「少しは自分のことを認めてくれる大人もいるようだ」「子分だけでなく自分も世の中に歩み寄る余地が残っている?」に変わったというのが第一段階だったと言えるでしょう。「大人から否定され非難される自己像」より一段階上の自己構造が意識の中に流れ込んできた瞬間ということです。

2.今いる階に同一化していた自己は、その階からの分化ないし差異化を始める。→「明らかに違う」「もっといい何かがある」になる。
さて、少年は持ち前のリーダーシップを発揮して、子分たちの説得を始めます。自分も社会に反抗したい理由を持っていますから、子分たちのその部分に関してもよく分かっているでしょう。それを理解したうえで、「反抗」という態度以外の方法もあることを伝えたはずです。つまり、「今までのやり方ではない、もっといいやり方がある」という説得です。その説得を通して、少年は「反抗的」な自分に同一化していた状態から徐々に「差異化」(違う自分がいることを発見)していったはずです。こうして「もっといい生き方」は、少年の中で予感から確信に変わったはずです。

3.自己は今いる階(構造)から脱同一化し、本質的なアイデンティティをひとつ上の構造へと移行させる。→「引っ越し荷物」をひとつ上の階に移し、「よりよい(より広く・深く・高い)」アイデンティティを獲得する(登山の「高度」を上げる)。
こうした説得をくり返すうちに、リーダー少年は、まさに自分で自分に説得される、という成り行きになったに違いありません。「自分は今、こんなふうに子分を説得しているが、それは自分自身にも当てはまるではないか」あるいは「人を説得するなら、自らお手本を示さねば」という具合いです。「自己像」をひとつ上の階に持ち上げ、上位の視点から自分を眺められるようになった、ということです。

4.それによって、意識は今までの下位構造を含んで超える。→「今までの自分は消えてなくなったわけではなく、より大きな自分の一部になったようだ」「下の階からの引っ越し荷物は今もここにあるが、私はそれをすべて自分で管理している」
ここでもし、また誰か心ない大人の横槍などが入ったら、少年は以前の「反抗」「非行」の状態に退行(中毒)したかもしれません。しかし、そこをうまく乗り切れば、今までの生き方、ものの考え方から完全に脱同一化し(超え)、新しい、(今までの自分を含んだ)より上位のアイデンティティを獲得することができるでしょう。つまり、「反抗」「非行」状態の自分を否定するのではなく、それを内側に「含み」つつ、さらにそれを「超え」た新しい自己の構造を手に入れる、ということです。

5.新しく上がった階(構造-レベル)から、下の階の構造に働きかけられるようになる。→「私は必要ならいつでも旧い自分(引っ越し荷物)を取り出して適切に利用することができる」
ここでもし、更生したこの少年に対し、かつての「不良の自分」をからかいや攻撃の対象にする人間などが現れ、それに影響されたりすると、過去の自分に対する「アレルギー(拒否反応)」が起きるかもしれません。
そうした困難を乗り越え、この少年のこうした「変容」が新しいアイデンティティとして定着したなら、この少年は自分の子分だけでなく、不良少年一般に対しても、更生の手伝いを始めるかもしれません。かつての自分のアイデンティティを道具として利用しつつ、一段階上の活動をする、ということです。

6.下のすべての階(構造-レベル)が意識に統合される。→「今までの自分はすべて私の中に層を成して段階的に堆積されていて、その全体像を含め、それをさらに超えたものこそが今の自分である」→新しい家具も加わり、持ち上がり荷物も含め、すべてを細かく移動し始める。
さらに、ここまでくると、この少年は自分のそれまでの成長のプロセスを階層構造的に理解できるようになるはずです。つまり「人はなぜ非行に走り、そこからどのように脱することができるのか」を構造的に理解している状態ということです。この少年はそれを活かして、非行の可能性のある(そういう衝動や理由を持つ)子を事前に見つけ出し、非行に走らないですむよう未然に防ぐようなことも始めるかもしれません。

ちなみに、「ダルク」のような薬物依存症からの回復支援施設において、薬物依存から回復した経験のある人が回復支援プログラムのリーダーになったりするのも、こうした「変容」のプロセスを身をもって体験しているからにほかなりません。

■プーチンの「中毒」から世界平和へ

先生が対立の姿勢から承認と信頼の姿勢に変わることで、不良少年が更生する、といったプロセスは、実は世界情勢にも当てはまります。
たとえば今、ウクライナに侵攻しているロシアに対して、アメリカおよびNATO諸国は、ウクライナへの軍事支援とロシアへの経済制裁という2本立ての対策に徹しています。喩えの良し悪しはともかく、何かにつけて反抗的・攻撃的な不良少年に対して、先生も輪をかけて懲罰的・反撃的になっている、という構図と変わりありません。しかし、この対策だとプーチンが何かに妥協して撤退することはなく、ウクライナも引くに引けない状態が続くだけで、どちらが戦争に勝利するにしろ、いたずらに犠牲者を増やし続けることになります。西側陣営のリーダーたちは、そうした泥沼化をわかったうえで、他の選択肢を持たないのです。決して出来のいい「担任の先生」とは言えません。(国連とは本来、人類という学校の「職員会議」の場であるはずですが・・・)

そもそも、プーチンは以前より、アメリカやNATO諸国に対して絶対的な脅威を感じてきました。それに対し、西側陣営はプーチンのこの危機感を助長(挑発)する方向へしか進んでいないことになります。プーチンは、「戦争の火種を作っているのは西側だ。ロシアは、そうした西側からの脅威に対し、正当な自国防衛をしているだけだ」という考えにますます「中毒(固着)」していくでしょう。つまり「自国防衛のために西側を叩き潰したい」というプーチンの衝動に、西側が正当な理由を提供し続けている状態、ということです。西側が少しでも脅威を緩和する方向性を示さない限り、プーチンは「何かもっとよい方法がある」という考えにはなり得ません。つまり、西側陣営も「もっといい何かがある」という段階に達していない、ということです。

世界政治の中枢に「変容」が望めないなら、私たち民間人の間でそれをできる限りやるしかありません。
今私たちは、「戦争を終結させ、二度と起きないようにするにはどうしたらよいか」という人類最大の難問に取り組んでいるのです。この難問への取り組みを免れる人はいません。まさに「聖域なき改革」です。
確実に言えることは、残念ですが、現状のやり方では、どう逆立ちしても戦争を終結させる方向へは進まない、ということです。この状況を変えるには、できる限り多くの人が「変容」してみせる必要がある、と私は考えています。つまり、札付きの不良少年が突然更生してしまう、というぐらいの、世界政治の中枢が誰一人考えつかないような一段階上の解決策をひねり出せるまで、国際世論が「変容」を遂げる、ということです。
今こそ、自分たちの足元から「世界平和」を実現するにはどうしたらよいかを真剣に考えるときです。

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